240メートルの誤算3【佐野玲於】

優しいから ページ38

.


リビングに入ると、いい匂いがした。
…いいなあ、これが毎日だったら。

コート脱いだら受け取ってハンガー掛けてくれた。
でもA、そのままじぃって俺のコート見てて


「…25万。」
「25万？」
「うん。安モン。」
「いやいや、25万は安くないよ。」
「コートで25は安いって。」
「金銭感覚おかしくなってるよ。」
「お前のあのチェスターいくらなの。」
「ええ…1万円くらい。」
「ふは、安すぎ。大学生じゃん。」

言いながら笑うと、あからさまに怒った顔した。
それも面白くて、また笑う。

「芸能人羨ましい。」
「どうも。」
「…いいなー。」

小さくそう呟いたAに、俺はたぶん、調子乗ってて。
この空気があまりにもいつも通りだったから
なんか、間違えて

「まあ、いいじゃんべつに。お前も将来楽できるんだし。」

言った瞬間、Aは目を見開いて、黙った。
空気が固まる。
焦って訂正しようかと思ったけど、でも俺からしたら一応本気なわけだし
…いや、待ってよ、そんな顔すんの？お前。嘘でしょ。

また昨日の夜みたいになりそうで、怖かった。
別れ話なんて御免だ。
何もなかったみたいに話しかける。
メシ何？
聞いたら、ロールキャベツって。
俺の好きなやつ。

たぶん冷蔵庫の中何もなかったはず。
わざわざ買い物行ってくれたんだ。
でも何も持ってきて無かったよね？昨日すぐ帰るつもりだったみたいだし。
すっぴんで？わざわざ？俺の好きな料理を？


…好きでもない男のために、そんなことすんなよなあ。
けどAは優しいから
ほんと、すげー優しいんだよ。
きっと誰にでも優しい。誰にでも、同じことする。
それはほんとに、誇らしくもあり、嫌でもあるけど。


できあがったロールキャベツはほんとに美味くて
それに、なんか慣れた味がした。
Aが作るメシは、いつもご飯はちょっと硬めで
味噌汁には豆腐が絶対入ってて
目玉焼きは半熟で
そういうふうに、もう段々と慣れてしまった。
このロールキャベツも食べ慣れた味がする。
これこれ！って言いたくなる感じの。



食べ終わるとすぐ、お風呂沸いてるよって言われた。
いいの？聞くと、明日も早いんでしょ、だって。
分かったなんてそっけなく返事しちゃったけど、ほんとは嬉しかった。

洗面所には畳まれたタオルや下着が置いてあって
溜まってた洗濯物してくれたのかって、ここでもまた助けられる。
別れたら生きていけないのは
絶対俺の方なんだ。

.

財布→←誰だっけ？

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す