240メートルの誤算【佐野玲於】

弱虫 ページ39

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18時半
仕事帰りに、古本屋さんに寄った。
若干緊張しながら入って 淳平くんの姿を探す。

レジ、違う人が立ってる。
眠そうな顔して、ぼおっと。
通路も全部見てみたけど、いなくて

そこで思い出す。
そういえば昨日、これ借りたとき あさって返してって言ってたな。
明日はシフト入ってないからって
どうしよう、忘れてた。

でももしかして、この方がいい？
そしたらもう二度と、あのキラキラした笑顔を見なくて済む。
…うん、そうだ

「あの、すみません。」

意を決して、店員さんに話しかける。

「ここのバイトの、浅井淳平くんなんですけど、」
「はい、浅井が何か…」
「あっ、あの、これ。昨日わたし、彼に傘をお借りして。」
「ああ、そうだったんですか。あいにく今日浅井は休みでして…僕が代わりに渡しておきましょうか。」
「すみません、お願いします。」

本人に直接返さないなんて、非常識だと思うけど
もういい。
もう二度と会わないから。

お願いしますってもう一度頭を下げて、そのままお店を後にした。
ひとりでぼんやり歩きながら、考える。


玲於くんを自由にしてあげたいって思ってるくせに
わたし、淳平くんのことは 隠すんだ。
自分がよくわかんないな。
別れたいなら、嘘でもなんでも、好きな人ができたとか言っちゃえばいいのに。

怖いんだ、たぶん
本当に玲於くんを失うのが、怖い。
玲於くんとさよならしたら、きっともう一生会えないだろうし
声も聞けない
テレビの声なんか嫌なの。
あんなの全然違う
本当の玲於くんは、わたしの小さなアパートの、あのソファーの上にしかいないから


…弱虫だなあ
こんなんだから、玲於くんは好きって言ってくれないんだよ。

3年前のわたしだったら、どうしてただろう
仕事なんて放り出して、海外について行ってたかな。
きっとそう。
ふたりで自由の女神見上げて
東京タワーのほうが大きいじゃんって、笑うの
3年前のわたしなら、きっとそうしてた
そんなわたしだったら、玲於くんも好きだよって言ってくれるかもしれない。

ああ、どうしたらいいの
ずっとこのまま？
ずっとこのままで、いられる？
わたしはいいけど、玲於くんはどうなるの
好きでもないめんどくさいコと、いつまでも恋人ごっこを続けるつもり？

このままでいいのは
このままがいいのは、わたしだけだよ。
それはもう、じゅうぶん分かっているけど

好きな人を失う勇気が、やっぱりまだ足りてなかった。
唯一それだけは、3年前から変わってない。


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