UNTITLED【dcst夢】 (ページ9)

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「久しぶりだから、緊張するなぁ。」

座り込んだスイカとクロムに向かい合うように立ったAが照れ笑いした。
求められるハードルをなるべく下げようとあまり期待しないでほしい旨を伝えたが、やっと聞けると目を輝かせる2人には聞こえていないようだった。

ピストンをカタカタと動かして指を遊ばせた後、ふぅ、と管に息を通す。正面へ向き直って楽器を構えたAに、クロムは思わず息を呑んだ。Aが演奏の準備を整えたと同時に、周囲の空気がガラリと変わった。

音を立ててはいけない。呼吸すら禁止されているような、張り詰めた無音の世界。A以外は音を立ててはいけないのだと、本能的に感じ取る。
無音の時間はほんの数秒の間だったが、クロムにはそれがとても長く思えた。

突然、快活な音が2人の耳を貫いた。体感時間数十秒の沈黙は、ついにAによって破られたのだ。

旧世界の音楽には、レコードを通して一度触れていた。歌姫リリアン・ワインバーグの歌唱は、心酔してしまうほど素晴らしいものだった。
だがしかし、現在目の当たりにしているのはそれとは全く異なるものだった。肉声でも、電話越しの声でも、レコードでもない。クロムもスイカも、石上村の誰も聞いたことのないだろう音だった。

演奏前に失敗しても笑わないでねと釘を差されていたが、クロムとスイカには完璧にしか見えなかった。粗探ししようにも何処が悪いのかが分からない、素人にはプロとアマチュアの違いが分からないというやつである。ぴんと背を伸ばしてトランペットを構えるAには、眉を下げて笑う、人あたりの良さそうな少年の面影はもはやどこにも見当たらなかった。

Aの持つトランペットは、唯一朽ちることなく残っている旧世界の代物らしい。こんな音が出せるのは、前の世界と遜色ない音を奏でられるのはAだけなのだから。Aもあのトランペットと同様、宝物なのではないか。浅い息を繰り返しながら、クロムはそんなことを考えていた。