先生、あのね？

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「じゃあ日直はあとで日誌持ってきてね」
帰りのホームルームが終わって準備室に戻る。
赴任してきてもう2か月。
北山先生の育休は3か月の予定だったからあと1か月。

「…慣れてくると案外寂しいなぁ…」

誰もいないのをいいことに煙草に火をつけて、煙をそっと吐き出す。



―コンコン



ノックの音がして日誌かと思いどうぞと声をかければ、受け持っているクラスでも派手なグループの女の子があからさまな上目づかいで立っていた。
「せんせ！来ちゃいました」
「ああ、どうぞ？」
準備室に彼女が入ってきてドアを閉めると、むっとするほどの香水の匂い。
「何？質問とか？」
そんなこと言いながら本当はこの子は何度か準備室であってはキスなんかをした相手で遊び相手はもってこいの生徒だ。
「今日授業中に先生のこと見つめてたのに、なんで気づいてくれないの？」
準備室のソファーに座って頬を膨らませる『可愛く見える』しぐさの上手な子。
「ん？授業中は説明に一生懸命になっちゃうからさ、ごめんごめん」
いかにもなしぐさにもちゃんと乗ってやるのが『遊んでいる』時の俺の中での鉄則。
遊ぶなら思い切り遊ばなきゃと彼女の隣に腰を下ろす。
「ほかにも準備室来てる子いる？」
「んー…どうかな」
駆け引きも楽しみの一つ。
こうやってギリギリの関係をずっと楽しんできた。
「先生…私…」
そう言って次の言葉を言いよどむ彼女。

「…先生が好き、です」

言われた瞬間、今まで何度も言われてきた言葉のはずがなぜだか冷めた自分がいた。
違う、俺が欲しいのはその『好き』じゃない。

頭の中に浮かんだのは…出会った日に俺に蹴りを入れたあの化粧気のない、それでも妙に惹かれるあの顔だった。

そうか。
妙に見てしまうのは。
なぜか気になるのは。
俺の一番嫌いな愛とか恋とかそんなことに、いつの間にか俺自身がはまり込んでいたせいだったのか。

『好き』

それはもう彼女の口からきかなければ意味のない言葉になってしまっていた。


「先生っ」
「ちょ…っ」
突然、唇に柔らかい感触。
よけきれないままそのキスを受けてしまう。



違うことを考えていたからだろうか。
全く気がついていなかった。
準備室の扉がいつの間にか開かれていたことも、そこに日誌を持ってきた生徒がいたことも。

バサリと音がして振り向けば、床に落ちた日誌をそのままにあわてて走り去る河嶋さんの姿。


「Aっ」


準備室の中に生徒がいるとかそんなことも忘れて追いかけた。

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