先生、あのね？

誰も知らないあなたの好きなとこ〈Y.Wataru〉　１ ページ28

「で…もともと日本で行われていたのはかないしぇいちゅきょっ…えーっと…家内制、手工業…なんだけど…」
先生のその言葉にくすくすと笑い声が漏れる。
けれど先生がその笑い声の方向にその切れ長の瞳を向けると、水を打ったようにクラス中がしんとなった。
「でも天保年間くらいから…」
その様子に満足げにふふっと笑みをこぼして授業を進める先生。

そんな先生を目立たない隅っこの席からひそかに観察する私。

ああ、今日も先生絶好調だなぁ…可愛いなぁなんて。
恋する乙女は相手のどんな部分でもかっこよくしか見えないのだ。


横尾渉先生。
地歴の先生で、私たち1年生の日本史の授業を担当している先生。
もともとあんまり笑わない人だというのもあるけれど、切れ長の瞳は一見目つきが悪く見えるし、生徒に対して厳しすぎるんじゃ…ってことをたまに言ったりもする。
だから横尾先生のことを怖がっている生徒はすごく多い。
私も入学して1か月は横尾先生に怒られないかびくびくしながら授業を受けていた一人だった。
だったのだけれど。
『723年に制定されたのが、さんじぇいいっちん…三世一身の法で…』
ふと授業中に先生がめちゃくちゃ噛んでるのを聞いてしまった。
その時の先生はまたやっちゃったなぁ…って顔をしてちょっと照れたような顔で口元は緩んでいて。
いつもの怖い先生とは全然違うその表情にどきりとした。
それからよくよく観察すれば、授業中に２、３回、多い時には5回以上先生が噛んでいることを発見して。
そのたびにあちゃあ…という顔をして少しだけ笑う先生の口元の八重歯がかわいくて。
観察を始めていくらもたたないうちに、私はすっかり横尾先生のことを好きになってしまったのだった。
よく考えれば生徒の厳しく接するのはその生徒のことをちゃんと考えてるからだし、目つきが悪いのは…まぁそれはそれとして。
見れば見るほど、授業を受ければ受けるほど横尾先生にはまっていってしまった。



それでも。
クラスでも地味で目立たない私なんかが、学校の中で一二を争うほどに厳しい横尾先生に何か言えるはずもなく片想いはすでに半年近くになろうとしていた。

ああ、先生今日もかっこいいなぁ…。

面と向かって先生を見て視線が合うのは怖いから教科書を読むふりをしながら盗み見た先生は、やっぱり誰よりも素敵だった。

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