8 愛を紡ぐ音_izw ページ17
交通事故から2週間が経った。
幸い命は助かったが、記憶障害が後遺症として残ってしまった。
｢はじめまして｣と言われた時はいつか2人で見たドラマのようにショックを受けたが、それでもなんとかタメ口で話せるほどまでには距離を縮めることが出来た。
が、相変わらずよそよそしいAに、また『拓司くん』と呼ばれる日は来るのだろうかと正直なところ不安になる。
｢今日は外でも行ってみるか！｣
右足を骨折した彼女の車椅子を押す。具合が悪い訳では無いのできっと病院生活にも退屈してきた頃だろう。屋上は暖かく爽やかな風が時折吹いていた。
｢今日は俺が弾き語りライブするから、聞いてて｣
｢わ、わかった｣
｢俺のためにある人が作ってくれた曲｣
と、徐にギターを構える。Aはじっと手元を見ていた。
『〜♪』
俺はまだ練習途中だったAの新曲を演奏した。
B♭メージャーの軽やかなリズムに、何でもない俺たちの日常を乗せた歌。2人だけしか分からないその歌詞には、確かに数週間前の幸せが詰まっていた。
以前の俺たちの関係については、Aが混乱するかもしれないからとずっと言うのを避けていた。
今思えばそれは愚策だったのかもしれない。
…何故って、それは、
｢素敵な曲だね｣
そう言って涙を流すAに、かけてやる言葉がなくなってしまったのだから。
『この曲を作ったのは君だ』と言えば俺たちの関係が明らかに出来る。
それが出来ないのは、優しさと言っていいのか？単なるエゴなのか？なんの為の…？
俺は結局ギターを置き、俯くAの頭を両手で撫でた。
｢…ラヴェルっていう作曲家が昔いてさ｣
｢彼もAみたいに事故にあって、後遺症で記憶を無くして作曲活動が出来なくなった｣
｢でもある日街で彼は素晴らしい曲に出会ったんだ｣
｢……その曲はラヴェル自身が作曲した曲だった｣
撫でながら、ゆっくり頭を自分の近くに寄せ、抱えるような体勢になる。
｢何が言いたいかっていうと、記憶を無くしてもラヴェルの美しい心は失われてなかったんだよ｣
｢それは、Aも同じ｣
｢……あ、あのさ…｣
気づけば俺の方が涙を流していた。
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作者名：スミレ | 作成日時：2020年2月1日 1時
