死人 (ページ10)

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「どうした、殺せよ」

よくよく思えばその声も自分のものだ。
その酷く冷たい目には、呆然としている自分が映されている。
心の奥底からずるずると這い上がってくる欲が自分の理性を壊しに掛かる。空腹が度を過ぎると、身の回りにあるものが全て食べられる物のように思えてくるのが人間だ。
彼の首を絞め掛けて、かたかたと震える左手をちらりと見て、彼は自嘲するように軽く笑った。

「貴様、何者だ」

静かに誰何する。
いつ敵に発見されるかわからない戦場で、此処に来てからの生活が潜水艦の如き沈黙が主だったからかもしれない。…いや、突撃の時は出したか。
語尾が若干、震えたように思えた。

彼は答えない。
自分にそっくりな顔は、ただ嘲るような薄い笑みを浮かべているだけ。その冷たい瞳を時々何か別の感情が過っていった。

その目。
嘲りの目。哀しみの目。憐れみの目。
何故？何故そんな目で俺を見るんだ？
やめてくれ。
なにか大きな、大事なものに自分の存在を否定されたような。深い暗い穴に突き落とされたような感覚に心拍数が上がり、呼吸が荒くなる。

「答えろ」
「食おうが食わまいが貴様は何れ人を食うぞ、道端に転がった、腐りかけた死体でもな」
「答えろ」
「貴様は俺を殺して食った後、俺をいつまで覚えてるんだろうな」
「俺の質問に答えろ！貴様は何なんだ！！」

「その事実に至った後、貴様はいつ俺を否定出来るようになるんだろうな」

鈍い音が聞こえた。
じわじわと相手の服が暗い赤色に染まっていくの、黒い刀身のゴボウ剣を握ったまま呆然と見ていた。
"それはほぼ、軍隊生活で身に付けた反射と、空腹状態から引き出される生物の本能であった。"
荒い息遣いを感じながら、体の中の何かがぷつりと切れる音を聴いた。

「あああああああああああああああああああ」

突き立てられた剣を抜いて、また突き刺す。
二度目で、彼が口からごぽりと血を噴いた。

もはや人間のものかどうかすらわからない叫びをあげながら引き抜き、突き刺す行為を繰り返しているうちに、彼の腹部の肉は崩れてぐちゃぐちゃと不思議な音を立てている。熱帯の太陽の光を受けて、生々しく輝いていた。

穏やかな死顔だった。

山口一等兵は、既に事切れていた。