【小説企画】ヒストリーマンション (ページ34)

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34話【織田信長】ページ34

さて、織田信長とは冷徹無情の天下人であったが、その実幼い頃は‘尾張のうつけ者’ともっぱら馬鹿にされていた。しかし一躍天下を牛耳ってもみれば、人々はみな「欺くための演技」だの「非凡の片鱗」だとか上手いように解釈しては褒めちぎった。信長としても悪い気はせず弁解もしなかったのだが。正直のところだらしなくお供に寄りかかって飯を食ったのは眠い時の甘え癖だし、普段着が奇抜だと言われたのは、信長的オシャレのつもりだった。奇行と呼ばれるそれらは何も意図などはなく、単純に垣間見せる信長の素というわけだ。しかしこの冷やかな顔立ちとひんまがる薄い唇のお陰、畏怖の念へと転じたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。

「蘭丸これ」

「しいたけにございます」

「しいたけ」

信長はその言葉を聞くや否や蘭丸がふとよそ見をした瞬間にみょんみょんと箸先でつついて器の端にはじき出した。だがしかし明敏な蘭丸を欺けるはずもなく、すぐさま目ざとく見つけては口笛を吹かす信長をスッと見据えた。

「信長様は偏食にございます。甘味時には必ず五分前から厨に顔を出すというのにピイマンだとかしいたけ…ちょっと苦手なものがでればすぐこれですね。味覚は童も同然ではありませんか」

「知らん！しいたけを食おうが食わまいが俺は本能寺で死ぬんだぁ」

「メンヘラ女子みたいなこと言ってんじゃねーよ！あんた天下人なんだぞ！」

「嫌だっ！俺はしいたけの食感が世界で25番目くらいに嫌いだ、それなら明智の野郎に首差し出すっ！」

「あんた本当に天下統一なんてよく出来ましたね」

「……奇遇だが俺が一番そう思っている…」

いじいじこんにゃくを刺してはこねまわす信長。素性はライオンの皮をかぶった猫だなんて知ればどれだけの者が呆れるだろうか。蘭丸ははあ、と疲労を帯びた息をついた。信長の素を知っているのは驚くことに蘭丸以外いない。蘭丸としてはこの事実が広まってしまえば助かったが、極度の人見知り、仏頂面がどういうわけか幸をなして、怒れば相手を真っ二つ、睨みで人を殺せる鬼、みたいな突拍子もない噂がまわりきり皆誰も信じようとしない。大事に育てた柿の木が枯れてしまったくらいで三週間部屋に閉じこもるほどの男に初対面の人間を二つに切るだなんて笑い話も甚だしい。蘭丸はまた深いため息をつきたくなった。