第16話 ページ16
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谷崎兄弟と別れてから数時間、大きな荷物を高層階まで運び込み、普段あまり使われて居ないであろう大理石のシステムキッチンで優雅に腕を奮っていた。
のだが。
『……あ、買い忘れた』
肝心の葡萄酒がない事に気が付いた。
その上昨日は、中也が大切にしていたであろう年代物を私が飲み干してしまったし。葡萄酒だけがありませんなんて許されない。
こうして私は本日二度目の買い出しへ行き、今度こそ深紅の紙袋を引っ提げて、ようやく本当に帰路へと付く事に成功した、今現在。
街はすっかり影を伸ばし、景色は黄金に染まっている。
確かこの時勢を黄昏時なんて云うんだっけなあ。なんて、先程迄朝だった空をぼんやりと眺める。
人探し、見つかって居るといいけれど。
まあ探偵でもあるまいし。そう、小さく笑ったその時だった。
──────視界に、ひらり、と何かが映り込む。
ハッとして上げた顔。
それは、ただの影で
長く長く伸びた影を辿って目を凝らした先。
見えるのは、橙色に染った
─────“砂色の外套で”
裾の付きそうな砂色の外套。
─────“フワフワの髪に”
手入れのされていなそうな蓬髪。
─────“多分見れば判ると思います。長身で、手足がとても長いので”
ふらふら優雅に歩く、スラリと伸びた手足。
──────嗚呼、見付けた。
『───あの』
見付けた背中は少し遠くて。
私の声は届かずに、長い脚を使ってスイスイと人混みを掻き分け行ってしまう。
不味い、このままでは見失う。
そうはさせるか、とその背中を追って地面を蹴った。
『ねえ、一寸』
それでも届かぬ声。
まるで鼻歌でも歌っているかの様な足取りだ。
真逆自分が探され追われているとも露知らず、ゆらりと揺れた外套は宙を泳ぐ様にあっちこっちの道を往く。
『なんで気付かないの…!』
嗚呼もう。こんな事になるなら名前位訊いておけば善かった。頭の片隅で心優しい谷崎兄妹の顔が浮かぶ。
“私達が探さなくても帰ってきますわよ”。
確かに。確かにね。此奴はそう云う腹の立つ足取りをしているよ。
その自慢の細く長い脚で、風の吹く侭気の向く侭に歩いて行くし
その癖後ろを考えないで「遅いよ」と急かす様な靴音とか
振り返ったら、にやりと笑って居そうな背中とか
同じ景色、同じ歩幅。全部一緒で、あの頃を思い出す。
手を伸ばした先の背中はまるで。
まるで──────太宰みたいだ。
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空浮 - 気づいたら全部読み終わってました!めっちゃ感動しました!ありがとうございました (3月26日 16時) (レス) @page45 id: 29094487c6 (このIDを非表示/違反報告)
(3)(プロフ) - この儚い感じがめちゃくちゃ好きです!!なずなの花言葉見て尊敬しました!素敵なお話をありがとうございました!! (9月22日 22時) (レス) @page43 id: 3b6fa5f09a (このIDを非表示/違反報告)
べべべーべ(プロフ) - ぼろっぼろに泣きました。とても素敵な作品でした。中也の立場にも胸が締め付けられました…ありがとうございました (9月12日 19時) (レス) @page45 id: 49ba69b450 (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - aさん» 密かでも死ぬほど嬉しいですここまで長くなってしまい申し訳ありませんでした!並びにお付き合い頂いて本当にありがとうございました!完結できたのは読んでくださった皆様のおかげなので…コメント噛み締めて余韻に浸らせて頂きますね…ありがとうございました! (2023年3月31日 20時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - yuuki Sさん» 最後まで本当にありがとうございました…!何度もコメントくださってとても嬉しかったです。私のモチベでした( ᐪ ᐪ )♡寂しいと言われこちらも寂しくなってしまいました。終わらせるのが惜しいです。本当に最後までお付き合い頂きありがとうございました! (2023年3月31日 19時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
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