叶わない恋 《ベニマル》

第48話　大丈夫 ページ50

「お帰りなさいませ。リムル様」
「A！ 無事で良かった！」
「…はい」

　片膝をつき頭を垂れたまま、リムル様の気配が遠くに過ぎ去るのを待った。そして、住民の声に掻き消された頃合いに姿勢を崩し、主である彼の言葉に歯ぎしりする。

　なぜ、あたしが生き残った？
　なぜ、シオンを護れなかった？
　結界系のスキルは、幾つか所持していたのに肝心なところで発動しなかった。
　いや。できなかった。

「助けてよ。母上」

　紬さんの記憶が。頑丈な鍵をかけて、閉じこめたはずの厭な記憶がスキル『伝承』を通して蘇ってくる。
　母の葬式に、皆が黒い着物を着ていた。
　周りの親族や父は咽(むせ)び泣き、傍にいる３つ離れた弟は、大粒の涙を流し慟哭をあげていた。
　もう優しい声も、あの温もりも無い。どんなに求めても、二度と帰ってこない。

(母上。あたしは、大丈夫)

　齢(よわい)十一は、子供じゃない。あと四年もすれば、大人になる。だから、ちっとも悲しくなんてないの。あたしは強いから、涙なんて流さない。長女だから、しっかりするのは当たり前でしょう？


　大丈夫。
　その言葉は便利だ。それを盾にして、無視し続けて、今まで本心に見向きもしなかった。

「無理…。嫌だ」

　大泣きしたわけでもないのに、掠(かす)れた声が喉から出てくる。
　泣き言など溢(こぼ)すな。みっともない。ここに母上はいないんだぞ。
　叱咤(しった)する厳しい自分が、心の片隅にいる。それを聞き入れて幾度も立ち上がってきたが、心が限界だった。大切な人の死を二度も目の当たりにして平常心を保っていられるほど、自分は強い魔物(ひと)じゃない。

「A」

　自己嫌悪と後悔。回想と叱咤によって、長い間門の傍で踞(うずくま)っていたのだと思い知る。それと同時に、リムル様と姫様の護衛の職を放置していた事に気づき、若様にご足労を強(し)いた自分への恥ずかしさから、地面に頭と身を伏せて土下座した。

「若様っ。申し訳ありません…！」

　それから、しばらくは謝罪の言葉を思いつく限り連呼していたと思う。
　しかし、彼は一言だけこう言った。

「…面(おもて)を上げろ」

　言われた通りに実行すると、身体を抱き締められ、耳元で報告を聞いた。

「Aの言霊(コトダマ)のおかげで、被害が最小限に済んだし、リムル様も、今はシオンの傍で待機されて思案している。だから、もう大丈夫だ」

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