検索窓
今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:168,155 hit

漆拾陸 ページ31

霧がかかっている。


辺りは真っ白で何も見えない。私は何時から此処にいたのだろう。首を傾げながら前に進む。


歩く度に、誰かが横切って行くような気がした。けれどもその度に振り返って目を凝らしても、誰もいない。


歩き続けて、そして一度立ち止まる。


誰かが、立っている?


霧の所為でぼんやりとしていて、まだはっきりとその姿形は分からない。けれども確実にこの先に誰かがいる。


足を早めると次第に風が吹き始め、口から白い息が漏れる。


気が付けば、息が詰まるほど激しい雪と風が視界を覆っていた。


肌を刺すような寒さに全身が警告音を鳴らす。けれども足を止めない。いや、止める事が出来ない。


「あ、あぁ」


声にならない声が、溢れ出す。


間違いない。いや間違えるわけない。あれは…







「ただいま。」







「お帰りなさい!!」


駆け寄ってその体に飛び付いた。彼はしっかりと抱き止めてくれた。




「ずっと、ずっと逢いたかった!」




涙を溢しながら、その胸に顔を埋める。優しく甘い蝋梅の香りが鼻腔を擽った。


「待たせてごめんな。」


何時ものように目を細めて、優しい笑みを浮かべる。そんな些細な事が嬉しくて、より一層抱きしめる力を強くした。


「ねぇ、これは夢じゃないの?」


涙を浮かべながら彼を見上げる。


「どうしてだ? 現に俺は今此処にいるだろう?」


「どうしてって、…何度もこんな夢を見てきたから。


その度に期待して、落ち込んで。何度も、何度も。」


「今度こそ、夢じゃない。」


ゆっくりと彼の手が伸ばされ、するりと頬を撫でる。


あぁ、


「……嘘つき。」


その手は、酷く冷たかった。









目を覚ました。


疲れが溜まっていたのか、手紙を書きながら眠ってしまったらしい。机からゆっくりと顔を上げる。


横を見れば 心配そうに此方を覗き込む、鴉の姿があった。


「大丈夫カァ? (ウナ)サレテイタゾ。」


「うん、大丈夫。…もう出発しようか。」


呼びに行った鴉の後ろ姿を見届けて、机の上を片付ける。…まぁ、来客はないだろうから手紙はこのままで良いか。


大きく伸びをして、最低限の荷物を背負う。外に出て、空を見上げる。


何もかも吸い込まれてしまいそうな青い空。




「…嘘つき。」




もう一度だけ、ぽつりと漏らした言葉は誰にも聞かれる事は無かった。

漆拾漆→←漆拾伍



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (119 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
266人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

山梨 - 素晴らしい作品をいつもありがとうございます! 続きを楽しみに待っています! (2019年8月26日 23時) (レス) id: 3d1d19266b (このIDを非表示/違反報告)
蝶華 - 分かりました。ありがとうございます! (2019年8月2日 17時) (レス) id: 70b9e10207 (このIDを非表示/違反報告)
酸漿(プロフ) - 零さん» 有り難う御座います。基本原作通りですが、どんどん活躍させていくので、これからも宜しくお願いします。 (2019年8月1日 0時) (レス) id: 511b02f073 (このIDを非表示/違反報告)
蝶華 - すみません、作者様の漢字の読み方がわかりません。ひらがなで教えていただくとありがたいです。 (2019年7月31日 22時) (レス) id: 70b9e10207 (このIDを非表示/違反報告)
- 主人公の活躍が楽しみです。 (2019年7月30日 14時) (レス) id: 6ffd920b45 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:酸漿 | 作成日時:2019年7月27日 16時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。