漆拾陸 ページ31
霧がかかっている。
辺りは真っ白で何も見えない。私は何時から此処にいたのだろう。首を傾げながら前に進む。
歩く度に、誰かが横切って行くような気がした。けれどもその度に振り返って目を凝らしても、誰もいない。
歩き続けて、そして一度立ち止まる。
誰かが、立っている?
霧の所為でぼんやりとしていて、まだはっきりとその姿形は分からない。けれども確実にこの先に誰かがいる。
足を早めると次第に風が吹き始め、口から白い息が漏れる。
気が付けば、息が詰まるほど激しい雪と風が視界を覆っていた。
肌を刺すような寒さに全身が警告音を鳴らす。けれども足を止めない。いや、止める事が出来ない。
「あ、あぁ」
声にならない声が、溢れ出す。
間違いない。いや間違えるわけない。あれは…
「ただいま。」
「お帰りなさい!!」
駆け寄ってその体に飛び付いた。彼はしっかりと抱き止めてくれた。
「ずっと、ずっと逢いたかった!」
涙を溢しながら、その胸に顔を埋める。優しく甘い蝋梅の香りが鼻腔を擽った。
「待たせてごめんな。」
何時ものように目を細めて、優しい笑みを浮かべる。そんな些細な事が嬉しくて、より一層抱きしめる力を強くした。
「ねぇ、これは夢じゃないの?」
涙を浮かべながら彼を見上げる。
「どうしてだ? 現に俺は今此処にいるだろう?」
「どうしてって、…何度もこんな夢を見てきたから。
その度に期待して、落ち込んで。何度も、何度も。」
「今度こそ、夢じゃない。」
ゆっくりと彼の手が伸ばされ、するりと頬を撫でる。
あぁ、
「……嘘つき。」
その手は、酷く冷たかった。
目を覚ました。
疲れが溜まっていたのか、手紙を書きながら眠ってしまったらしい。机からゆっくりと顔を上げる。
横を見れば 心配そうに此方を覗き込む、鴉の姿があった。
「大丈夫カァ?
「うん、大丈夫。…もう出発しようか。」
呼びに行った鴉の後ろ姿を見届けて、机の上を片付ける。…まぁ、来客はないだろうから手紙はこのままで良いか。
大きく伸びをして、最低限の荷物を背負う。外に出て、空を見上げる。
何もかも吸い込まれてしまいそうな青い空。
「…嘘つき。」
もう一度だけ、ぽつりと漏らした言葉は誰にも聞かれる事は無かった。
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山梨 - 素晴らしい作品をいつもありがとうございます! 続きを楽しみに待っています! (2019年8月26日 23時) (レス) id: 3d1d19266b (このIDを非表示/違反報告)
蝶華 - 分かりました。ありがとうございます! (2019年8月2日 17時) (レス) id: 70b9e10207 (このIDを非表示/違反報告)
酸漿(プロフ) - 零さん» 有り難う御座います。基本原作通りですが、どんどん活躍させていくので、これからも宜しくお願いします。 (2019年8月1日 0時) (レス) id: 511b02f073 (このIDを非表示/違反報告)
蝶華 - すみません、作者様の漢字の読み方がわかりません。ひらがなで教えていただくとありがたいです。 (2019年7月31日 22時) (レス) id: 70b9e10207 (このIDを非表示/違反報告)
零 - 主人公の活躍が楽しみです。 (2019年7月30日 14時) (レス) id: 6ffd920b45 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:酸漿 | 作成日時:2019年7月27日 16時