Ep.38 公衆電話 ページ38
危険な仕事の代償に失われたのは、甘味を除く味覚だった。
頭を強く打って脳が損傷したのだろう。私は食事の時間が嫌いになった。味のしないものを咀嚼して飲み込む作業はひどく億劫だったせいだ。
多少は落ち込んだものの、後遺症としてはマシな方だと割り切ることにした。
今までだって輝かしい人生を歩んできたわけでもない。今更楽しみがひとつふたつ減ったところでなんだと言うのだろう。
それよりも、なぜ奴らの目を撒くことができたのか分からないまま続く身動きの取れない日々がもどかしかった。
看護師や医師に聞いてもみたが、不思議なことに誰も詳細を知らない。
そして車椅子で病棟内を移動できる程度には身体も回復したころ。
唐突に、その謎が解けた。
「Aさん、お電話がありましたよ。この番号まで折り返しくださいと」
ある日、看護師から電話番号の書いたメモを渡された。
日がなぼんやりと過ごしていた私は、深くは考えないまま車椅子でフロントの端へ向かい、メモの番号のとおりにダイヤルを押す。
「って……これ、公衆電話宛の番号……?」
もしかして奴らの罠じゃ────そう思ったときにはコール音が止んでいた。
受話器を握る手に力が篭もる。何も言わずに切るのも不自然だ。第一声を躊躇して、無言のまま時間が流れた。
『……Aさんですか?』
やがて聞こえたのは、戸惑いを滲ませた若い女性の声だった。
どうやらあのとき見かけた男たちが電話口にいるわけではないらしい。その上で私がこの病院にいることを知ってるということは、もしかすると……。
「あ……うん。あなたは?」
『……お伝えできません』
「じゃ、どうして私がここにいることを知ってるの?」
『それは……あの日、私があなたを見つけたから』
予想通りだ。ふと口角が上がって、長らく退屈に褪せていた脳がわずかに沸くのを感じた。
「あ、やっぱり! いやーそんな気がしたんだよね!」
『あれから気になってしまって、どうしてもご様子を伺いたかったんです。名乗りもせずにごめんなさい』
「ああ……ま、確かにいろいろ聞きたいことはあるけど……まずはどうもありがとね。おかげでなんとか元気だよ」
『そうですか、よかった……!』
心底ほっとしたような声。どうやら悪い人ではなさそうだ。
もし彼女が私を油断させてここへ留めようとしているのなら、偽名すら名乗れないということはないだろう。
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上坂 - 夢主好き💛 (2023年1月19日 21時) (レス) @page14 id: f311cd81c1 (このIDを非表示/違反報告)
泉 - 夢主好き💜 (2023年1月4日 18時) (レス) @page32 id: 5bd30ec6cb (このIDを非表示/違反報告)
なぎ(プロフ) - ( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆(エモジシクジッタタメサイソウイタシマス) (2022年12月13日 3時) (レス) id: 6fdcf214e0 (このIDを非表示/違反報告)
なぎ(プロフ) - おめでとうございます!!!!!( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆ (2022年12月13日 3時) (レス) @page25 id: 6fdcf214e0 (このIDを非表示/違反報告)
なぎ(プロフ) - はじめまして!ほろにがクラゲ★様いつもの楽しみに読ませていただいております。本当にコナンの世界に出てきそうな感じの夢主さんでこれからの展開にワクワクしております。卒業試験頑張って下さい!! (2022年12月1日 15時) (レス) @page13 id: 33a5069289 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ほろにがクラゲ | 作成日時:2022年11月25日 16時