検索窓
今日:67 hit、昨日:396 hit、合計:1,162,145 hit

Ep.86 恨まないよ ページ36

夕闇の街を車が駆け抜けてゆく。


悠長に車窓の外を眺めているが、今私は絶対に連行……否、拉致されている。

チラリと運転席の安室さんを見た。気付かないふりなのか、じっと前を見たまま。


小さく、聞こえないように、溜め息を吐き出した。



「……安室さん。私の家、こっちだったっけ」




…なんか言えよ、話進まねぇだろ。



「あと、あなたに名前を教えた覚えはないけど」

「ええ、僕も貴方からは聞いた覚えがありませんから」

「……ねえ、安室さ」



「すみません、Aさん」



車がトンネルに入った。オレンジの光が車の中を流れていくのに気を取られた、その時。

鼻から口を覆われた布切れから、明らかに直接吸引してはいけない匂いがした。

瞬間、視界がくらむ。


「…っ……!」

「これが僕の仕事なんです。……恨みに思わないでくださいね」




空気に膜が貼られたように、全ての音が遠のく。冷たい、『バーボン』の目が映った。

コノヤロウ……ああもうなんか憎まれ口叩いてやんないと気が済まない。でもこんな頭で気の利いたセリフが思いつくわけもなく。

ただ思い浮かんだその一言を、呟いた。





「……恨まないよ……」







親友に約束したのだ。



絶対、殺されてやるものか……──




死角となる方の手に握った携帯が、滑り落ちた。



___________



座席に沈んだ彼女を横目で見て、意識がないことを確認する。

橙色の灯りが点滅しながら彼女の顔を照らし出していた。



(……やはり、この子は知っていた。『安室透』が組織に潜り込んだ警察組織のスパイだと)


でなければ、この状況であんな言葉が出てくるはずがない。




組織の男───バーボンは、何事も無かったかのような顔で前に視線を戻す。



黒の組織幹部、その正体は公安警察の諜報員。

この国と人々を守る彼らだが、時には合理性を取らなければいけない時がある。

────100の人々を守るには、1の犠牲が必要なのだ。

今、自分が疑われて殺されるわけには行かない。組織に噛み付こうとしている自分の立場を、彼はよく理解していた。





……それでも。

理解していても。割り切ったつもりでも。

正義を生業とする彼にとって、少女をこのまま見殺しにすることはあまりに難しすぎた。





「…………頼むから、死なないでくれよ」

Ep.87 お陰様で→←Ep.85 狙われている



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (548 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
1250人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

- 絵上手いですね!話も面白いし! (2018年5月5日 11時) (レス) id: f39fd1d36e (このIDを非表示/違反報告)
桜ひかり(プロフ) - えっ!嘘だろ千世ちゃん!いつも楽しく読ませてもらってます!更新楽しみにしてます! (2018年2月18日 0時) (レス) id: 26cba6f424 (このIDを非表示/違反報告)
ねこ(プロフ) - 続きが気になる! (2018年2月17日 14時) (レス) id: e15058c5ad (このIDを非表示/違反報告)
星鴉(プロフ) - 面白いです!!続きが気になります!!更新楽しみにしてます! (2018年2月17日 11時) (レス) id: 3edde29704 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 続きが気になります! (2018年2月16日 10時) (レス) id: 229e64c922 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:ほろにがクラゲ | 作成日時:2017年10月18日 11時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。