表象的コンテクスト【オリジナル短編集】 (ページ15)

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ねじれの位置にある恋ページ15

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三杯目の珈琲を飲み干した。外では清らかな春雨がアスファルトに降り注いでいる。先程までは確かに曇りだったのに、窓から見えるアスファルトにはまだらな水玉模様が彩られている。降り始めたばかりだと思われ、行き交う人々が手持ちの傘をさしたり、鞄を抱えたり。いずれにせよ、小走りで駆けるように歩いている。段々と立ち込める雲が更に滴を増やし、ガラス戸を叩いて風景を不鮮明なものに変えていく。

もう約束の時間はとうに過ぎ去っていた。チャットアプリに示された電子文字の時刻と、上部に映る、現在時刻を見比べて肩を落とした。シックな雰囲気のカフェの柱時計がムードを崩さないしっとりした鐘を打つ。珈琲だけで3時間。店にとっては邪魔な客に違いない。

三杯も頼んでいるとはいえ、珈琲だけで長時間過ごす客は迷惑に他ならないであろう。自分でも最早感心してしまう。店には申し訳ないが、あと少しだけ待たせていただこう。そう。あと少しだけ。

「お代わりいかがでしょうか。」

掛けられた声に思わず顔を上げる。澄んだ声の店員さんで、水差しを持っていた。パッとしない暗い女が長時間居座るのも迷惑を通り越してさぞかし怖いであろう。そんなことを全く感じさせないで慎ましやかな笑顔で接客。いっそ賞賛に値するだろう。だが、これ以上居座ることのも気がひける。

「結構です。お勘定お願いいたします。」

白魚の鱗のように滑らかな白磁の珈琲カップはそこに珈琲の色がこびりついている。カラカラになった喉に生唾を流し込み、席を立った。ああ。約束に期待なんかするんじゃなかったなぁ。もう、充分。充分なんだよ、もう。これ以上待っていても仕方ない。どうせ来やしないんだから、彼は。結局彼にとって私は都合のいい女止まり。その程度。どこでも買えるイミテーションアクセサリーと同じ。

だとしても私は全てを今日にかけていた。そう。人生さえかけていたんだ。今日此処に来てくれたら彼の罪を全て赦そうと、あまつさえ、一生ついていこうと決めていたのに。些細なすれ違い、微妙な歪み。折り紙を折るように小さなズレは段々と大きくなって欲しいモノとは全く違うものになる。そういうわけで私は此処で彼を諦めた。

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