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桃の香る季節のこと ページ2

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ツンとしたような気だるい匂い。これは雨の匂いだ。じゃあじゃあと小石を流したような澄んだ音は雨が地面へと落ちる音。今日は姉御の婚儀だというのに生憎の雨天。でも、姉御は雨が好きだからこれで良かったのかもしれない。

「空、手が止まっているわ。もう一度、紅を引き直して頂戴。」

紅を引きながらぼうっとしてしまった。お陰で紅が均一にならずにぼったくなり滲んでしまった。布で軽く拭き取り、筆に紅をとり、筆先を整えてもう一度、姉御の唇に引いた。

「如何でしょう。」
「よくできているわ、空。」

彼女は満足そうに目の前の化粧鏡を見ながら優美に微笑む。白無垢を纏った姉御はそれはそれは美しかった。

「空。私は貴女と離れるのが惜しいのです。出来ることならば嫁に行きたくなどありません。官女としても連れて行くことが出来ないのが惜しくて、惜しくて。」

姉御は化粧が崩れないように涙を流さなかった。ただ憂いを帯びた瞳が華奢な風貌と相まって何処か儚く見えた。もう姉御と同じ宮の中にさえいることが出来ない。いくら政略結婚だと言っても内裏様は悪い方ではなかった。

むしろ姉御は私にもったいないとよく口にしているほど良い人だった。きっと扉の外で今か今かと心待ちにしているだろう。姉御は化粧台の鏡に映った自分と目を合わせると長い息を吐いた。

「空。どこもおかしくありませんか。」
「はい。大丈夫でございます。お美しゅうございます。自信をお持ち下さいませ。」

姉御はこちらを振り返って私の手を握った。冷たいその手のひらはどこまでも柔らかく、清らかだった。

「それじゃあ、空。(るい)を通して」
「御意。」

これは姉御が私との別れの挨拶を済ませたことを意味する。姉御とは生きている間にはもう会えないかもしれない。結婚とは即ちそんなものだと理解していても姉御との別れの惜しさに涙が溢れそうになる。

障子を開ければ、婚儀の衣装に身を包んだ内裏様が柔らかな笑みで姉御を褒め称える。姉御は内裏様の言葉に満更でもなさそうに頬を桃色に染めた。それが苦しい程に美しく、もう姉御が私の手には届かないところへ行ってしまうのだという感に急き立てられ、涙が一粒、畳に落ちた。




※ひな祭り企画。

散らす涙と咲く笑顔→←ロゴスにばかり囚われないで


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ラッキー方角

西 - この方角に福があるはずです


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作者名:鵯(ひよどり) | 作成日時:2018年3月2日 17時

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