楓 ページ26
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ふっと過ぎる香り。そちらに目をやると彼女は私に気がつかず通り過ぎた。
ゆらりと揺れる
彼女は小春日和の朗らかなそよ風のように周りの人の視線をさらっていく。まるで色付いた木の葉の間を縫うようにしながら歩くその姿は一枚の紅葉で作られた落ち葉を巻き上げ葉を散らす、秋の風だ。
「
呼びかけて手を振ればくるりとこちらを向く。高い位置で留められたポニーテールがサラリと流れ、整った端正な顔がこちらを向く。
スタスタと歩いて来る。姿勢が良く、意識していないにも関わらず、まるで見せびらかすかのような綺麗な歩き方。高いヒールも彼女にとっては歩くアクセントにしか過ぎない。
一体どうやってバランスをとるのだろうか。
ヒールを履いたこともないからわからないが。
彼女の色鮮やかさは一級の紅葉風景も劣る美しさで。鼻をくすぐる甘い香り。今だけは私のもの。メープルシロップをかけたホットケーキが今はしょっぱい。
「うちな、結婚するんよ。」
突風。いつだって彼女は唐突だ。お昼少し前に急に尋ねてきて。昼酒を呷りながら昼飯のホットケーキを作っていたときだった。
焼けたホットケーキをフライパンから皿に盛り付け、ベーコンと枝豆をトッピングしながら聞く。ちなみに人参入りのホットケーキだ。
バターがわりにチーズを垂らしてケチャップで味付け。
するはずだったのだが。
あまりにも気が動転してしまい、隣のメープルシロップを誤ってかけてしまう。あ。間違えた。まあ、いいか。
彼女にはバニラアイスをトッピングした定番のホットケーキをすすめる。レモンティーを淹れながら少しだけ切なくなってしまった。
「そっか。おめでとう」
私はちゃんと笑えているだろうか。だんだんと滲んでいく世界を見ながら、キッチンへ引っ込む。次に焼く予定に使う玉ねぎのせいにしよう。この涙は。
今日できっとさよなら。だから今だけはこの甘い甘い、メープルシロップの香りを堪能していたい。この恋は実らず色付いただけ。葉に通る一陣の風は容赦なくそれを落としてさらっていく。
「楓。君が好きでした。」
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作者名:鵯 | 作成日時:2017年9月18日 11時