シャンディ・ガフ ページ19
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会社上がりで定時帰宅。社畜にとってこれだけ幸せなことがあろうか。しかも本日華の金曜日。どこかで一杯やっていくかとひとりごちる。
ああ!そうですよ!俺には彼女もいないし、女房もない。帰りを待つのは冷たい布団だけ。三十路のおっさんに声をかけるなんて碌なやつぁいない。掛けてくれんのはキャバクラの姐ちゃんだけ。
俺はお気に入りの居酒屋にふらり、ふらりと吸い込まれる。俺の癒しはこの店だけだ。
禁煙席を希望し、カウンターに腰掛ける。ホントは今日くらいゆっくり一服したい。この店には奥に喫煙席もある。だが、あいにくカウンターは禁煙。ここまで言えばお分かりだろう。
俺はここの女店主にどうしようもなく惚れているのだ。
「シャンディガフ、一杯」
生ビールとつまみの枝豆。至高の組み合わせもだんだんと単調で味気ないものになっていく。
今日は一段と酔いがまわるのが早い。気のせいか?ぼんやりした頭で目の前にいる、女店主を見つめる。せこせこと動く彼女のかんざしが揺れる。しゃらり。
シャンディガフを目の前で作る彼女。すごいなあ、元バーテンダーだっけ。
「そうそう。よくご存知で。」
聞こえるか聞こえないかのぼそりとした声で呟いたつもりだった。さながらこの喧騒だ。聞かせるつもりも聞こえるとも思っていなかった。
そんな彼女の花の
じわりと口をシャンディガフで湿らせる。
いつの間にか彼女は向こうにいる。通った鼻筋。アーモンド型に整ったまなこ。桜色の唇が何か言葉を紡ぐ。
艶やかな黒髪がさらりと流れる。一拍。
アゲハを模したかんざしがふわりと舞い上がる。
「浮気」
蝶とは移りゆくものの象徴。移ろいゆく心はすなわち飽き性を意味する。
つまり恋愛的に言えば「浮気」。
そんな彼女を追いかけても、きっと差は縮まらない。ふわり、ふわりと人を魅了してはどこか遠くに行ってしまう。蜘蛛のように強かになれればいいのかもしれないが、そうなるには犠牲が大きすぎる。
あの子も蝶、俺も蝶。
どんなに追いかけても、
「無意味だ」
からんと氷が弾ける。飲み干したシャンディガフにどうしようというわけでもない。あとは呑んだ分の勘定して帰るだけだ。
けれど、もう少し、もう少しだけこの空間にいる意味を。
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作者名:鵯 | 作成日時:2017年9月18日 11時