鯨の隣は銀の園/ cino ページ40
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「ちーの。」
「はい、なんですか、Aさん。」
彼女は何も出来ない可愛い子。相変わらず舌足らずな滑舌で俺の名前を呼ぶ。彼女にとって俺がどの様な存在として認識されているのかは分からなかったが、彼女が俺を求めてくれればそれで構わなかった。彼女は半開きの薄い唇からだらだらと甘い蜜を垂らしては俺を誘惑する。
「おみず。」
「飲み過ぎは良くないで。」
幼子の様な拙い発音。虚な瞳は焦点を結ばず、また俺を見る事はない。彼女は部屋の天井の方を見詰めて享受されるであろう恩恵を心待ちにしている。彼女は宛ら過護の中の鳥。ただその美しい容姿を此方に預けるばかり。愛玩の対象である彼女に知能も技能も必要ない。俺を求めればそれでいい。
「おみず、のみたぃ。」
「しゃあないな。」
彼女が此処まで長文で意思表示をするのは珍しい。単語を紡ぐのが必死な程に衰えた知能と器官でよく頑張ったと言えよう。今すぐにも泣き出しそうな表情で俺の介護を望む姿は実にいじらしく愛らしい。嗚咽を吐き出しそうな彼女の頭を優しく撫でて、その絹の様な触り心地の毛髪に身が震えた。
「はやく、」
「ちょお待ってな。」
急かす様な口調も愛らしい。けれど彼女の機嫌を損ねるのは本意では無かった。俺は名残惜しくも彼女が座っているソファから緩慢に立ち上がった。彼女は相変わらず何処か遠くを眺めて此方に頓着する事はない。俺は彼女と食事をするダイニングキッチンの奥に設置している冷蔵庫から丁度よく冷えた水差しを取り出した。
「よいしょ、っと。」
水差しの冷涼感を楽しみながら、片手でプラスチック製のマグカップを探す。筋力の衰えた彼女は既に物を持つ事が出来なくなってしまっていた。少しでも彼女が飲水し易い様にと購入した幼児用の食器は今の彼女によく似合っていた。俺はその小さな容器へ水差しを傾け、半分程の嵩になるまで注ぎ続けた。
「これくらいでいいやろ。」
水差しを冷蔵庫に戻して、扉を閉める。ごとん、という音ですらこの室内にはよく響いた。少し冷えたフローリングを歩いて彼女の元へ向かう。こうしてお行儀良くソファに鎮座しているとまるで出来の良いアンティークドールの様に芳しい。
- 金 運: ★☆☆☆☆
- 恋愛運: ★★★☆☆
- 健康運: ★★★★★
- 全体運: ★★★☆☆
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鵯(ひよどり)(プロフ) - ちゆさん» コメント賜り誠に恐縮でございます。お気に召された様で何よりと存じます。あの頃が懐かしく感じますね。こちらこそ長きに渡りご愛顧ありがとうございます。これからも細々と書き連ねて参りますので、是非続編にもお越しくださればと思います。 (2020年7月20日 16時) (
レス) id: 72d1a498da (このIDを非表示/違反報告)
ちゆ(プロフ) - コメント失礼致します。措定エートスに感銘を受けました。鵯さまの文章の中でも特にお気に入りです。わたしの一番のお気に入りは陥穽モラトリアムなのですが、それと並ぶ程です。いつも素晴らしい作品をありがとうございます。これからも陰ながら応援しております。 (2020年7月20日 14時) (レス) id: 6c19e7d8ad (このIDを非表示/違反報告)
鵯(ひよどり)(プロフ) - ぴよりさん» リクエストありがとうございました。御眼鏡に適った様で何よりと存じます。またのご閲覧お待ち申し上げております。 (2020年5月30日 8時) (レス) id: 72d1a498da (このIDを非表示/違反報告)
ぴより - 早速読ませていただきました！鵯さまの書かれる、美しさの中に闇を感じる文が本当に大好きです！ありがとうございました！ (2020年5月29日 23時) (レス) id: b50fafb894 (このIDを非表示/違反報告)
鵯(ひよどり)(プロフ) - ぴよりさん» ご愛顧いただきありがとうございます。前作のは中々難産でした為、今回も大幅に時間を取らせて頂きますことご理解ください。リクエスト承りました。気長にお待ち下さいませ。 (2020年5月28日 8時) (レス) id: 72d1a498da (このIDを非表示/違反報告)
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