命の水は/ knsm ページ3
#
「いっ……！」
「綺麗やで、A。」
恍惚とした瞳に見つめられる。とろりと蕩けた瞳は本当に私を映しているのかさえ定かでは無かった。ただ沸騰する様な痛みは継続的に細胞の急速劣化を咎めている。しかし今更命の主導権を握っているのは私では無い。全ては彼の意のまま。生きたければ彼に従うより他に無い。彼は暫く私を堪能した後、緩慢に顔を上げた。
「ぁ。」
「ほんまに綺麗で可愛えなぁ。やから分かってくれるよな。」
その表情は笑顔でいながら愉悦を全くもって含有していない虚構の表情。鋭利な眼光は私を許容する様子を一切見せる事はない。彼が無造作に指の間に絡めたナイフは微かに色を染めていた。付着した私の血液が鈍色に反射する。
「ち、が。」
「Aの血は俺の為に動く心臓から吐き出されたもんなんやろ？」
彼が乱暴に掴んでいたナイフの刃先に指を滑らせる。まだ乾き切らない生乾きの血液と彼が指を滑らせたことによって付着した新しい血液が彼の指の上で混ざり合う。類似した色の血液に違いは感じられなくて、それに気付いた私の背筋に言いようもない悪寒が走る。
「Aが俺にきちんと形示したんやから、俺もせなあかんよな。」
「え、あ。」
彼は弓形に歪めた表情のまま、握っていたナイフを軽くいなした。刃に付着して乾いていない血液が空気中に散布して鉄錆の臭いが鼻を掠める。彼は私の右手を両手で丁寧に包むと先程私を傷付けたナイフを無理矢理持たせた。生温かい鉄の感触と独特の重量感がずしりと私にのし掛かる。選択を誤ればこの凶器で彼を殺すことになるかもしれない。彼は死に打ち震える私を至極穏やかに見詰めた後、緩慢にその刃先を自分の左首に当てがった。嗚呼、一歩間違えれば彼の命が吹き出してしまう状況に呼吸が荒くなる。心臓が口からまろびでそうだ。
「俺の愛も確かめてぇや。」
「っ、は。」
彼の手に力が込められる。首筋に押し付けられたナイフは首筋の皮膚細胞を傷付ける。このまま動かせば彼を傷付けることは分かり切っていた。微動だに出来ず、現状を打破する術を持たぬ私はただ恐怖に打ち震えるばかり。その様子に痺れを切らしたのか、将又私の禊を実行する加虐心が働いたのか彼はそのままナイフを滑らせた。
- 金 運: ★☆☆☆☆
- 恋愛運: ★★★☆☆
- 健康運: ★★★★★
- 全体運: ★★★☆☆
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 140人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「wrwrd」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
鵯(ひよどり)(プロフ) - ちゆさん» コメント賜り誠に恐縮でございます。お気に召された様で何よりと存じます。あの頃が懐かしく感じますね。こちらこそ長きに渡りご愛顧ありがとうございます。これからも細々と書き連ねて参りますので、是非続編にもお越しくださればと思います。 (2020年7月20日 16時) (
レス) id: 72d1a498da (このIDを非表示/違反報告)
ちゆ(プロフ) - コメント失礼致します。措定エートスに感銘を受けました。鵯さまの文章の中でも特にお気に入りです。わたしの一番のお気に入りは陥穽モラトリアムなのですが、それと並ぶ程です。いつも素晴らしい作品をありがとうございます。これからも陰ながら応援しております。 (2020年7月20日 14時) (レス) id: 6c19e7d8ad (このIDを非表示/違反報告)
鵯(ひよどり)(プロフ) - ぴよりさん» リクエストありがとうございました。御眼鏡に適った様で何よりと存じます。またのご閲覧お待ち申し上げております。 (2020年5月30日 8時) (レス) id: 72d1a498da (このIDを非表示/違反報告)
ぴより - 早速読ませていただきました！鵯さまの書かれる、美しさの中に闇を感じる文が本当に大好きです！ありがとうございました！ (2020年5月29日 23時) (レス) id: b50fafb894 (このIDを非表示/違反報告)
鵯(ひよどり)(プロフ) - ぴよりさん» ご愛顧いただきありがとうございます。前作のは中々難産でした為、今回も大幅に時間を取らせて頂きますことご理解ください。リクエスト承りました。気長にお待ち下さいませ。 (2020年5月28日 8時) (レス) id: 72d1a498da (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
