壱 ページ27
狐は目を見開き、分かりやすく驚く。
そして俺の頬に触れ、微笑んだ。
｢あぁ、愛しておるよ｣
｢……なら、名前……呼び捨てにさせて…｣
その手に己の手を重ね、俺は懇願した。
｢…………｣
けれど、返ってくる言葉は無く静かだ。
俺は狐の手を自ら退けるよう、誘導した。すると簡単に手は離れ、俺の頬には冷たさだけが残った。
｢……あの桜の木の下で、男の人に会いました｣
狐がはっとした様子で俺を見る。
｢その人は、俺にこう言ったんです。
沢山笑顔を見せること。
沢山手料理を食べてもらうこと。
沢山思い出を作ること。
そして、あの人を沢山愛すること。
俺は、叶えられなかった。
だから今度は俺が叶えて。
……おかしいと思いませんか?
なんでそんな事を俺に言うのか、あの人って…誰なのか……分からないのに｣
分かっている。
それは、誰なのか。
｢俺は叶えられなかった、だから今度は俺が叶えて?日本語として、おかしい。
でも、何故か理解出来てしまった……｣
｢げんたろ…｣
伏せていた顔を上げ、視界に狐を入れる。
狐の顔は情けなく、眉を八の字にして今にも泣き出してしまいそうに見えた。
｢あの人、貴方の‘妻’でしょう?
そして……俺の、前世…｣
｢お前っ、思い出したのか…!?｣
狐は俺の肩を力強く掴むと、勢いよくそう言った。
｢思い出してなんかない。
俺は、俺は……貴方の妻の幻太郎じゃない!
産まれてからずっとっ……‘夢野幻太郎’だ!｣
負けじと、力強く言い返す。
狐は再び目を見開き、そして力無く肩の手を離した。
｢貴方の妻の代わりじゃない。
俺は俺なんだ……ずっと…｣
｢………わしは、幻太郎を…ずっと待っていて、生まれ変わるのを…待っていて……｣
｢……それは、俺じゃなくて妻を…だろ?｣
この狐は、ずっと愛しい愛しい‘妻’を探し求めていた。
何十年、何百年……ずっと、ずっと…。
けれど愛しい妻の生まれ変わりは、所詮見た目だけだった。
中身が……魂が違う。
あぁ、なんて哀れで寂しい狐なのだろう。
愛しい存在が目の前にいるのに、それは‘昔と違う’者だ。
狐は、それを理解できない。
｢……一度結ばれても、二度目は無理…なのかな｣
｢幻太郎……?｣
｢狐さん、俺は我儘で愚かな人間です。
妻の生まれ変わりとしてじゃなく、‘俺を見てほしい’って欲張ってしまう。
だから……会うのは辞めにしましょう。
小生は、もう貴方を愛しません｣
これ以上、愛しい狐を苦しめたくない。
だから俺は……
愛するのを辞めた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 89人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ふぃっく - 一番気になるところで終わるのがウズウズします！！！！！！ぜひ続きを書いてください！ (2023年4月16日 14時) (
レス) @page38 id: 634615dde5 (このIDを非表示/違反報告)
心春(プロフ) - ロールロールさん» コメントありがとうございます。最近更新出来ずに申し訳ありません…。近々更新致します。あたたかいお言葉ありがとうございます。 (2020年4月5日 12時) (レス) id: 3f9e794f84 (このIDを非表示/違反報告)
ロールロール - はじめまして!とても楽しみに更新待ってます！体調管理に気をつけてください!応援してます。頑張ってください。 (2020年4月5日 0時) (レス) id: d8adda4a88 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：心春 | 作成日時：2020年1月12日 9時
