◇玖 ページ10
｢なんじゃ、折角会えたというのに泣きそうな顔しおって…｣
狐がそっと俺の頬に触れた。
その手は冷たく、まるで死人のようだ。
けれど酷く懐かしいその冷たさは、俺の心を安らげるには充分で、俺はその手に己の手を重ねた。
まるで、それがいつもの流れである様に。
｢暖かいのぉ｣
｢いいえ、貴方が冷たすぎるんですよ｣
｢くくっ、何も言えんな｣
狐は楽しそうだ。
そんなに、俺に会えたのが嬉しいのだろうか。
俺は、‘何も覚えていない’のに。
俺は狐を真っ直ぐと見つめた。
逸らさずに、瞬きも極力しないように、ただ真っ直ぐ見つめた。
｢小生は、貴方のことを‘知りません’。
分かるのは、貴方を見ていると切ない気持ちになる。安心する。
それだけです｣
狐の手が離れた。俺の頬から。
そして狐は表情を無くし、俺を見る。
途端、風が吹き始めた。
先程まで無風無音だったこの空間に、突然の風、音。
俺は咄嗟に目を瞑った。それがいけなかった……。
｢なっ……｣
風が止み、目を開けると、そこに居たのは‘狐’だった。
人の姿をした狐。尖った耳に、尾が九つ。
美しい。
直ぐに浮かんだ言葉だった。
｢ワシを知らぬと言うのなら、再び教えよう。
我が名は、A。この社の守り神であり、九尾狐じゃ。
そして、お主を思う……一人の男だ｣
｢っ……!｣
胸が高鳴った。
狐の美しさに、言葉に、その……視線に。
｢くくくっ、やはり、この姿には今でも弱い様じゃな｣
狐の言う通りだ。
どうやら俺は、この姿に弱いらしい。
人間とは単純だ。
美しいものを目にした時、その思考は停止し、簡単に魅せられる。
狐は再び俺の頬に触れた。
｢あっ……｣
死人のように冷たかったその手には、温もりがあった。
俺は、震える手を持ち上げ、手を重ねる。
｢震えておるな、幻太郎。
わしが怖いか…?｣
暗い影を落とすその瞳には、俺が映っている。
｢いいえ、怖くないです。
ただ……｣
俺の瞳には、何が映っている?
｢ただ…?｣
俺の瞳には
｢ただ、この状況が…怖いんです。
ね、どうして……?｣
貴方が映っていたら、嬉しい。
｢きっと、あの時と同じだからじゃろぉな…｣
狐の腕が腰に回る。
｢同じ?｣
二人の間に隙間が無くなり。
｢あぁ、同じじゃ……｣
見つめ合い、俺の腕も、狐の背に回す。
｢わしらが‘出会った時’と、な｣
目を閉じ、触れ合った唇から、お互いの温もりを感じる。
この時間が、再び消えて無くなりませんように＿＿＿。
そう、誰かに願った。
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心春(プロフ) - 向日葵さん» 向日葵さん、コメントありがとうございます。｢真逆｣も読んで下さり真にありがとうございます。情景が浮かぶというのは最高の褒め言葉です。物語を書いていて良かったと思いました。今後も、何度も読み返したくなるような話を書けるよう頑張ります。 (2019年11月28日 9時) (
レス) id: ca589b7d76 (このIDを非表示/違反報告)
向日葵 - 「真逆」から見ています。本当に文才が豊かな文章で、なん度も読み返しています。世界観が合致していて、情景が浮かぶような繊細かつ分かりやすい文章なのでとても読んでいて心地いいです！大好きです！ (2019年11月28日 0時) (レス) id: fffa39b09a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：心春 | 作成日時：2019年11月4日 19時
