◇壱 ページ38
ひとまず夢のことは、気にしないことにした。
これを引き摺っていては、まともに生活が出来ないと判断したからだ。
俺はいつも通り台所に立ち、簡単な朝食を作る。いつもと違うのは、作る量が三人前になったことだ。
白米も、味噌汁も、卵焼きもいつもより多い。
面倒臭いとかそんな事よりも、自分の手料理を待っていてくれる人がいることが嬉しい。
「二人とも、出来ましたよ」
「おぉ、ありがとうな」
「……………!」
狐と座敷童子はちゃぶ台に置かれたそれぞれのご飯の前に座った。
俺も二人が座ったのを確認して座る。
そしていただきます、と揃って手を合わせ食べ始める。
「はぁ…朝の味噌汁は染みるのぉ…」
「なにおじさん臭いこと言ってるんですか」
狐の発言が可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「千年は生きとるから、充分おじさんじゃよ。いや、お爺さんか」
「えっそうなんですか?」
自分より長い時を生きているのは分かっていた。けれど、まさか千年も生きているとは。
見た目からは全く想像できない。
「……見えんじゃろ」
「え、は、はい」
己の思考を見透かされ、俺はピンッと背を正した。
「くくっ、千歳に見えなくて当然じゃよ。
妖は寿命という概念がほぼ無いからのぉ。人のように歳に合わせて見た目が変わっていったら、わしは遠の昔に骨になっておる」
今まで、色んな小説を読んできた。
それは、ホラーものも含めてだ。単純な怪奇現象や心霊の類。
勿論、妖怪を題材にしたものも読んだ。
そこらに書かれていた妖怪達は、どれもおぞましく恐ろしい者ばかり。
けれど今目にしている妖怪達は、目にした妖怪達は、そのどれとも懸け離れていて美しい。
現実は小説より奇なり。
まさに、この言葉通りかもしれない。
「鈴も、千年生きているのですか?」
「………」
座敷童子は首を横に振り、小さい手で‘2’の数字を作る。
「2…?」
「お鈴は、妖怪としては二百年ほどしか生きとらんよ」
なるほど、二百年の2だったのか。
座敷童子は狐の言葉を肯定するように首を縦に振った。
「二百年ほどって、妖怪としては短いんですか?」
「…そうじゃのぉ。
人間で言う、十歳くらいではないか?」
「じ、十歳…」
妖怪の歳の概念に、俺はどう反応するのが正しいのか分からなかった。
そして、先程の会話で引っかかるところがあった。
座敷童子は‘妖怪としては二百年ほどしか生きていない’。
それは、座敷童子がかつて人だったことを指した言い回しだ。
きっとこれも、俺が‘忘れている’一部なのだろう。
何故か、そう思った。
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心春(プロフ) - 向日葵さん» 向日葵さん、コメントありがとうございます。「真逆」も読んで下さり真にありがとうございます。情景が浮かぶというのは最高の褒め言葉です。物語を書いていて良かったと思いました。今後も、何度も読み返したくなるような話を書けるよう頑張ります。 (2019年11月28日 9時) (レス) id: ca589b7d76 (このIDを非表示/違反報告)
向日葵 - 「真逆」から見ています。本当に文才が豊かな文章で、なん度も読み返しています。世界観が合致していて、情景が浮かぶような繊細かつ分かりやすい文章なのでとても読んでいて心地いいです!大好きです! (2019年11月28日 0時) (レス) id: fffa39b09a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:心春 | 作成日時:2019年11月4日 19時