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◇漆 ページ33

初めて狐の怒鳴り声を聞いた驚きで、数歩進んだ足が止まる。

「危険、だからですか?」

「そうだ。山に行った妖たちも帰ってこないこの状況で、お前を連れていく訳にはいかない」

「でも、それはAも同じでは……」

「俺は戦える。お前と違って」

その言葉は、重くのしかかった。
確かに俺は人間で、武士の様に刀も弓も扱えない。
元はただの旅人だ。

「……それでも、貴方の傍にいたいのです」

「俺も、お前の傍にいたい。
けれど、もうこれは紛れもない戦と化しているんだ」

そう言って遠のく背中。

俺は、本当に何も出来ないのか?

村がどんどん燃えていくのを、それに向かっていく愛しい人を、ただ見ることしか出来ないのか?

「…………そんなの、いやだっ…」

俺は羽織と草履を脱ぎ、走りやすいように身軽になる。そして狐の横を駆け抜けようとした時、強い力で腕を引かれた。

「何をしてるんだ!お前は!」

「見ているだけは嫌だ!俺も村に行って、皆を救いたい!子供たちを救いたいんだ!!」

「だからそれは危険だと言っているだろう!何故分からない!!」

「危険だとしても!救える命がそこにあるのなら!」

「火の廻る速さを見てみろ!!!」

「っ!?」

「あの速さだ。どんなに逃げても、山に囲まれたあの村じゃ火からは逃げられない。
子供たちだけじゃなく、人はもう」

「それも、運命だと言うのか」

「…………」

狐は黙る。驚いたような、悲しいような表情を見せて。

「妖と人との寿命の長さは大きく違う。
妖からしたら、人が生きた長さなんて微々たるものかも知れません。だから死んだとしても、そんなものだ…と思う」

「幻太郎、違う…俺はそんなこと……」

「そう言っているようなものなんですよ。貴方の運命という言葉は」

「っ……」

「A、俺はそんな微々たる人生を大切に生きたいんです。
自分が思うように、自分の意思に従って生きたい。だから、行かせてください。
まだ、生きている子がいるかもしれないでしょ?」

狐の手が緩んだ。
その隙に俺はその手を振りほどき、階段を下っていく。

「待て!!幻太郎ぉ!!」

行くな、待て、待ってくれ。
そんな声が聞こえる。

あぁ、愛しい狐様。愛しい我が夫。

今すぐにその腕の中に飛び込んで、その温もりに包まれたい。
でも、救うと決めた。まだ幼い命を。

あの子のように、もう死なせはしないと。

流れる涙を拭い俺は振り向き、

「A、愛してる」

最期の愛の言葉を伝えた。

◇捌→←◇陸



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心春(プロフ) - 向日葵さん» 向日葵さん、コメントありがとうございます。「真逆」も読んで下さり真にありがとうございます。情景が浮かぶというのは最高の褒め言葉です。物語を書いていて良かったと思いました。今後も、何度も読み返したくなるような話を書けるよう頑張ります。 (2019年11月28日 9時) (レス) id: ca589b7d76 (このIDを非表示/違反報告)
向日葵 - 「真逆」から見ています。本当に文才が豊かな文章で、なん度も読み返しています。世界観が合致していて、情景が浮かぶような繊細かつ分かりやすい文章なのでとても読んでいて心地いいです!大好きです! (2019年11月28日 0時) (レス) id: fffa39b09a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:心春 | 作成日時:2019年11月4日 19時

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