◇玖 ページ25
「山天狗の奴を帰らせたのはいいが……よく考えればあやつの声は聞こえていないんじゃった。
はぁ、わしらしくもない…」
薄暗い廊下を歩き進む狐。
愛しい存在が居るであろう部屋の前へと着く。
入ろうと戸襖[とぶすま]に手をかけた所で動きが止まった。原因は中から聞こえてくる、懐かしい昔話だ。
「お鈴のやつ……」
話しても無駄なことを。
と思ったが、狐は部屋に入れずにいた。
少し横にずれ、壁に寄りかかりその話に耳を澄ます。
己の存在に座敷童子は気付いていないだろうと分かっているが、この話が‘聞こえる’存在がいた方がいいと思ったのだ。
「懐かしいのぉ」
昔を思い出す。
まだ若く、そして愚かだった己を。
愛しい存在を守り切れなかった悔しさを。
「お前さんにまた会いたいと思っとる妖は、まだまだ居るぞ。幻太郎。
そして、皆それぞれお前さんとの繋がりがある…」
その縁[繋がり]が今後の二人を苦しめることになるのを、まだ知らない。
「……もうそろそろ良いか」
狐は戸襖に手をかけ、ゆっくりと引いた。
「まだ起きっとったんか、幻太郎、お鈴」
「あ、すみません」
「なに、謝ることは無い。
それよりも、お前さんは人間だ。わしら妖のように夜に強い訳ではない。
そろそろ寝ないと体調を崩しかねんぞ」
狐は頭を撫で、そしてその手で頬に触れた。
その手は暖かく、眠りを誘うにはそれで充分だった。
「お休み、幻太郎」
「……ん、は…い」
布団に倒れるように眠る愛しい存在を、優しく見守る狐。
「A様の力は、凄いですね」
「いや、お前さんの‘幸せにする力’の方がわしより何倍も凄いと思うぞ」
「そんな、恐れ多いです」
「……お鈴、話せてよかったな」
「聞いてっ………!?
いえ、はい…良かったです」
「わしも、いつか話せたら良いのに……なんて思ってしまった」
狐の伏せられた目を見て、座敷童子はなんと声をかけて良いのか分からなくなった。
その代わりなのか、そっと大きな手を己の小さな手で包む。
「ありがとな、お鈴」
「はい」
二人は部屋を出て、その薄暗い廊下を進む。
夜は妖の時間。妖の世界。
狐も座敷童子も寝ること無く、この家とその主を守り続ける。
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心春(プロフ) - 向日葵さん» 向日葵さん、コメントありがとうございます。「真逆」も読んで下さり真にありがとうございます。情景が浮かぶというのは最高の褒め言葉です。物語を書いていて良かったと思いました。今後も、何度も読み返したくなるような話を書けるよう頑張ります。 (2019年11月28日 9時) (レス) id: ca589b7d76 (このIDを非表示/違反報告)
向日葵 - 「真逆」から見ています。本当に文才が豊かな文章で、なん度も読み返しています。世界観が合致していて、情景が浮かぶような繊細かつ分かりやすい文章なのでとても読んでいて心地いいです!大好きです! (2019年11月28日 0時) (レス) id: fffa39b09a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:心春 | 作成日時:2019年11月4日 19時