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◇壱 ページ12

日は完全に落ち、外は月明かりで照らされた。

俺は玄関から移動し、今は夕飯の準備をしているところだ。
一方で狐は、座敷童子と縁側で何やら話をしている。

「お主、一年もここに住み憑いておるのか」

「………」

「くくくっ、そうかそうか。幻太郎も嬉しいだろぉなぁ、こんな別嬪さんに好かれて」

「……」

「ん?謙遜なんぞする必要は無い。わしは冗談は言っても、嘘は言わんからのぉ」

とても盛り上がっている様に見えるが、俺から見れば狐の一人芝居だ。

後から聞いた話だが、どうやら人間は、妖怪の姿は見えても会話は殆ど出来ないらしい。
狐のように特殊なものは別なのだという。

「……あの座敷童子は、何を思って俺なんかに」

いや、座敷童子だけでは無い。
あの狐もそうだ。

一体何を思って俺なんかに好意を寄せているのか。
そして狐の節々の発言には、違和感がある。
まるで、ずっと昔から俺を知っているかのような。そんな違和感が。

けれど、それは俺自身にも言えることだ。

あの狐を前にすると、酷く安心してしまう。
幼い頃に会っているとはいえ、ほぼ初対面の、しかも人外だ。普通ならば恐怖し、拒絶するものだろう。

しかし俺は、口付けまでしてしまった。
流されてしまっただなんて言い訳臭いが、流されたのだ。そう信じたい。

「お……今宵は月が綺麗じゃのぉ」

不意に聞こえたその言葉に、手を止め振り返る。
確かに少し見える月は綺麗だった。それは狐を照らし、濃い影を作る。まるで、狐の為だけにあるみたいだ。

「…本当に…月が、綺麗ですね」

月なんか見ていない。俺の視界にあるのは狐の後ろ姿だけだった。

狐は振り向き、その美しい横顔を見せる。

「幻太郎、お前さんもな」

あぁ、狡い。
それは、流される。流されてしまう。

(貴方のことを、知りたいと思ってしまう…。
でも…)

己の奥深くには、まだ自分でも知らないものがある。そう強く思った。

その知らないものは、堅く閉ざされた箱の中にあって、俺はそれを開けずに大切に持っている。

開ければいいのに。

そう思うかもしれない。
けれど開けられないのだ、単純に、恐くて。

知りたいと思えば思うほど、その箱が開かないように俺は、大切に抱える。

◇弐→←弐ノ巻 思い初[そ]める



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心春(プロフ) - 向日葵さん» 向日葵さん、コメントありがとうございます。「真逆」も読んで下さり真にありがとうございます。情景が浮かぶというのは最高の褒め言葉です。物語を書いていて良かったと思いました。今後も、何度も読み返したくなるような話を書けるよう頑張ります。 (2019年11月28日 9時) (レス) id: ca589b7d76 (このIDを非表示/違反報告)
向日葵 - 「真逆」から見ています。本当に文才が豊かな文章で、なん度も読み返しています。世界観が合致していて、情景が浮かぶような繊細かつ分かりやすい文章なのでとても読んでいて心地いいです!大好きです! (2019年11月28日 0時) (レス) id: fffa39b09a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:心春 | 作成日時:2019年11月4日 19時

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