Tomorrow's Moon will be Beautiful 【中原中也】

◇２ｂｉｔ ページ4

いつ迄もハンカチを受け取らない中原幹部に思わず私は溜息をついた



「…人がハンカチを差し出しているというのにそれを無視して人の顔を見続けるのは失礼だと思います」



そう言われて中原幹部はハッと我に帰ったような表情をし



「…あぁ、悪い。中也で良い」



とまたもやハンカチを無視して立ち上がる



何なのだろうか



ハンカチを受け取れば死ぬ異能にでもかかっているのだろうか



私はそう心の中で皮肉った後ふと先程の中原幹部の言葉を思い出した



…中也で良い？



上司を下の名前で呼ぶなど無礼だと思うのだけど



「しかし…」



私はそう反論したが



「良いから呼べ」



と遮られ、暫し考えた



下の名前でも敬称をつければ良いだろう



「中也さん。これで宜しいですか」



私がそう言うと中也さんは



「…それで良い」



と頷き、俯きながら立ち上がった



泣き顔を見られたくないのだろうか



だが私としては早く泣き止んで、次は悲しみ以外のまた違った表情を見せて欲しい



「…良い加減、涙を拭かれては。幹部とあろうものが見っとも無いですよ」



私は立ち上がり、ハンカチの端で中也さんの涙をそっと拭った



今度はすり抜ける事なく、しっかりと人の温かみを感じた



「さ、冴月…」



中也さんがそう硬直して私の名を呼ぶ



「Aで構いません」



私はそう言った



下の名前で呼ばさせてもらっているのにこちらが苗字で呼ばれているなど失礼だと思った



何故か、そうしなければいけないと思った



長い間使われていなかった表情筋が緩む



多分、私は今何年かぶりに微笑んでいるのだろう



何故かは判らない



ただ冷静なはずの脳が微笑め、と表情筋に命じたのだ



中也さんはそっと私の手を退けてそっぽを向き



「付いて来い、…A」



と歩き出した



「はい。中也さん」



私はその後に続いた



不思議だ



何故か中也さんの側にいると感情が溢れ出てくる



私はあまり私と変わらない背丈の中也さんを見て、また微笑んだ



きっとこの人は、また違った感情を呼び覚ましてくれるのだろう



今日から、仕事が楽しみになった

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