月光 ページ46
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草木も眠る丑三つ時───と思われる時間帯に、俺は目を覚ました。
クソ暑い……。
俺達が雑魚寝しているのは大部屋だ。
むわっと立ち込める男の熱気の所為で蒸し暑く、おまけにいびきがうるさかったため、俺が眠りにつくことはできず。
身を起こして部屋中を見渡すと、気持ち良さそうに大口を開けたアホヅラがいくつも目に飛び込んでくる。
誰も起きていないのをいいことに、俺はわざと大きく溜め息をつくと、それから“涼”を求めて、そっと部屋を這い出た。
縁側はひっそりとしていて、冴え冴えとした月の光に照らされていた。
冷たい夜風が火照った俺の頬を撫でる。
明後日あたりが満月か。
わずかに欠けている、しかし見事な月を見上げてそんなことを思った。
ふと、何気なく俺は視線を自分の横に投げ、ついで少しばかり目を見張った。
縁側の端の方に人影が見えたからだ。
人影が───三条が、縁側から地面に足を垂らして月を見上げていた。
「……なにしてんだ、こんな時間に」
三条との距離を詰め、そんな第一声を発した。
「……少し、考え事をしていてな」
俺の登場に驚く素振りも見せず、女は月を見つめたまま独り言のように呟く。
俺は無言で三条の隣に座した。
「……お前こそ、こんな時間に何をしている」
ようやく、三条の双眸が俺を捉えた。
深い夜空のようなその瞳に自身が映し出されたのを、不思議な優越感と共に確かめ、おもむろに口を開く。
「……あの部屋、蒸し暑くて寝つけねェんだよ」
薄い唇に仄かな笑みが浮かんだ。
「ならば、ここで涼んでゆくがいい。……なんなら、子守唄で寝かしつけてやっても構わぬが」
「そりゃ無用の親切ってもんだ」
「まあそう言うな」
三条は横笛を懐から取り出すと、実に滑らかに奏で始めた。
ひばりの鳴き声に似た音色が、底冷えする夜の空気を切り裂いて、闇の向こうに流れていく。
……上手いもんだ。
実際に目の前で三条の横笛を聞くのは初めてではないが、毎度毎度、感嘆を吐かずにはいられない。
極限まで張り詰めた、気高く美しい響きに、いつの間にか聞き入ってしまうのだ。
そして。
それを奏でるこの女にも、見入ってしまう。
月光で溢れている外は寒いほど冷えていて、俺の身体も冷えているというのに、身体の芯に確かに存在する行き場のない熱は、一向に冷める気配がなかった。
───これも全部テメェの所為だ。
俺の気など露ほども知らないであろう三条の、伏せられた瞳の奥を見つめ、心中でそう呟いた。
- 金 運: ★☆☆☆☆
- 恋愛運: ★★★☆☆
- 健康運: ★★★★★
- 全体運: ★★★☆☆
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Physics(プロフ) - ピピコさん» ありがとうございます、ピピコさん……!まさか二作品も私の作品を読んでいただけるとは……!高杉オチということで、なるべく美しい表現をするよう心掛けていたので、その点に触れてもらえて、とても嬉しいです!これからも全力で頑張ります!! (2017年9月4日 20時) (レス) id: 363eb1b3ec (このIDを非表示/違反報告)
ピピコ(プロフ) - コメント失礼します!!文章に綴られている言葉とかが全部綺麗でとても引き込まれました!!夢主ちゃんのキャラクターも好きです!面白くて一気読みしちゃいましたー!!続きも楽しみに読ませて頂きます!応援してます!! (2017年9月4日 15時) (レス) id: 0ec549c041 (このIDを非表示/違反報告)
Physics(プロフ) - 零・れいさん» 素敵なコメントありがとうございます!書き方を褒められたのは初めてのことで、嬉しさのあまり思わずにやけてしまいました(笑) 自分の書いた小説を楽しんで読んでいただけることが、一番嬉しいことなので。これからも楽しんでいただけるよう、頑張ります! (2017年8月25日 16時) (レス) id: 28db851a9c (このIDを非表示/違反報告)
Physics(プロフ) - ひなさん» たしかに怪談話って単語を抜いたら乙女ゲーとか少女漫画に出てきそうな台詞ですよね笑。子安ボイスの有効活用というか笑。ヅラの初恋は近所の未亡人らしいですし、未亡人に新しい夫が出来てて「エッ(°Д°)!?」みたいなのありそうです笑。 (2017年8月25日 16時) (レス) id: 28db851a9c (このIDを非表示/違反報告)
零・れい(プロフ) - オリキャラあまり好きじゃないけど、初めてオリキャラ小説でも楽しめました!書き方がとても丁寧で美しくて、尊敬します!! (2017年8月24日 23時) (レス) id: 402be4125c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Physics | 作成日時:2017年8月10日 21時