01 ページ2
神様、一生のお願いです。
どうか、"あの男"とだけは同じクラスになりませんように。
生徒玄関に貼り出された組分けの紙を前にして、私は祈りを捧げるように手を組みながら、そっと瞼を閉じる。新緑の匂いをはらんだ風が、周囲の一喜一憂に湧く声たちを乗せて泳いでいく。
指折り数えて、心待ちにしていた今日この日。あの地獄のような日々からやっと解放されるチャンスが来たのだ。
絹糸のようなやわらかい朝の陽が私の背中を優しく撫でる。それが何だかこの先の『自由』を予感させるようで、自然と口元が綻んだ。その矢先。
「なーにやってんだよ、神崎」
「わっ」
神様仏様ブッダ様、と知りうる限り神の名前を唱えながら必死に願立てをしていると、今、一番聞きたくない声が私の耳に飛んできて。それと共にやってきた、頭に何か乗せられたような重みに、私は思わず閉じていた瞼をぱっと開けた。こんなことをするような人間はあいつしかいない。睨むように見上げれば、悪戯っぽく緩められた瞳と目が合って。
「おいクソ眼鏡、私の頭を肘置きにすんな」
「お、二年になっても口の悪さは健在だな」
「おかげさまで」
「腕をどかせ」と私は必死に抵抗を試みるが全く微動だにしない。さすが野球部と言ったところか。いや、褒めている場合じゃない。あろうことか顎まで乗せてきた。ふざけんな。縮むだろ。
「お前、何組だった？」
「分かんない、でも御幸と同じではないことは確か」
「その自信はどこから来るんだよ」
「学校来る前に神社寄って賽銭してきたから」
「いくら？」
「二千円」
「ガチじゃん」
「無駄金にならねえといいな」なんて意地悪く笑う彼のお腹にグーパンをお見舞いし、深呼吸をひとつ。私は覚悟を決めて目の前の貼り紙をじっと見据えた。と同時に響めく、スマホの着信音。鞄からそれを取り出せば、友人の澪から『露も私もB組だったよ！』とのメッセージが届いていた。
「御幸、私B組だって」
「え、俺も」
「は？冗談きついって」
「いやマジで。見てみろよ」
ほら、と彼の細長い指を辿っていけば、確かに私の名前と『御幸一也』の文字がＢ組の列に並んでいる。… これは悪い夢だと信じて御幸の頬を思い切りつねってみるが、隣に立つ彼は痛がるばかりで覚めようともしない。あまりにも酷な現実に「帰るね」と思わず足が家の方向に向くが、御幸に「待て待て」と肩を掴まれ止められた。
神様、私の二千円を返してください。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 3人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：缶 | 作成日時：2023年6月20日 21時
