136名目 揺るがぬもの�� ページ37
日暮れが近くなった頃、俺は小鞠庵に向かった。
一つ先の角を曲がれば、小鞠庵はもう目と鼻の先だ。自然と足が早くなった。
小鞠庵の店先に辿り着いた俺は深緑の暖簾を退けて、茜色の店内を覗き込んだ。
すると、いつもの無表情と目が合って。
「──あ、いらっしゃい、小太郎」
ふわりと微かにAが笑んだ。
自身も笑んでいるとは気付かず、俺は応じた。
「抹茶を頼む。バイトで疲れてるんだ、サービスしてくれ」
「ん、なら、和菓子おまけしとく」
会計台を立ち、いたずらっぽい微笑みを浮かべて、Aは厨房に消えた。
その微笑みは決して華やかなものではないが、それでも俺は、ふとした時に浮かべる飾らないその笑みが、たまらなく好きなのだ。
長椅子に一人腰掛けて、店前の通りを行き来する人々をぼんやりと眺め、ふと思う。
国に追われる身でありながら、恋い焦がれている女と穏やかな一時を過ごせるとは、俺は相当な幸せ者だ。
そう──そう自覚しているのに。
ずっと同じ時を過ごしていたいなどと。
彼女を独り占めしたいなどと。
あの男の手に渡したくないなどと。
そんな身の丈に余ることを願ってしまうのは、何ゆえなのだろう。
「お待たせ、小太郎」
涼やかな声が物思いから現実へと俺を引き戻した。
「お、旨そうな水大福だな」
お盆を挟んで隣にAが座った。
このお盆一つ分の距離さえ、途方もなく遠い。
「でしょう？居島さんも美味しいって言ってくれた」
心なしか弾んだ声が紡いだ名に、水大福に伸ばしかけた手が止まった。
「……そうか」
やっとのことで、また来ていたのか、という台詞を飲み込み、俺はそんな一言だけ返した。
「忙しいのに、こんなちっぽけな茶屋に来てくれるなんて、物好きだよね。天人と地球人の間の問題を解決するなんて、考えただけでも大変そうなのに」
何故あの男の話になると饒舌になるのかとか、笑顔が増えるのかとか、そんな理由が解りたくもないのに解ってしまって。
ああ──Aも俺と同じなんだと。
彼女も一人の男と過ごす一時に幸せを見出だしているのだと。
そして、それは俺ではないのだと。
清々しいほど、はっきりと解ってしまって。
胸いっぱいに溢れる苦みと痛みを、貼り付けた笑顔で隠した。
「……きちんと、もてなしてやるのだぞ」
お前が幸せそうに笑ってくれるのなら、俺の想いなど届かなくたって構わない。
──が、やはり、あの男は気に食わん。
そんな、相反する思いに振り回される今日この頃である。
137名目 揺るがぬもの�窟�←135名目 揺るがぬもの��
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 84人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「銀魂」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
Physics(プロフ) - モモうささん» コメントありがとうございます！松陽先生視点の過去篇は力を入れて書いたので、そう言っていただけて嬉しいです！更新がゆっくりですが、これからも宜しくお願いします！ (2017年6月30日 19時) (
レス) id: 28db851a9c (このIDを非表示/違反報告)
モモうさ - 過去編の時の先生の回想シーンで、グッときた…。それに、桂が可愛い！「コタちゃんじゃない。かつ…」が、気に入りました！ (2017年6月27日 23時) (レス) id: 15c04f38df (このIDを非表示/違反報告)
Physics(プロフ) - 獅子の子さん» ほんとですか？よかったです！ウブな感じに描きたい回だったので、グワッときてもらえているようで、ほっとしました！ (2017年6月18日 21時) (レス) id: 28db851a9c (このIDを非表示/違反報告)
獅子の子(プロフ) - あ''ぁぁぁ、桂可愛いよ尊いよ！ ちょっとこの回でグワッときました、グワッと(語彙力) (2017年6月18日 12時) (レス) id: d0488b3ee5 (このIDを非表示/違反報告)
Physics(プロフ) - マヨ方さん。さん» 綺羅凛子に笑っていただけてよかったです！相変わらずの亀足更新ですが、よろしくお願いします！ (2017年6月9日 20時) (レス) id: 28db851a9c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：Physics | 作成日時：2017年4月23日 18時
