新盆 * ページ16
足の下、轟々とうねる夜の黒い海。温い防波堤。自分の横に置かれた、一輪の白い菊。
夏の終わりに、彼はこの世を去った。
自ら、この海に飛び込んだらしい。
部屋に残された手紙。
「もう耐えられない、」
主語は無くて。いや、家か、自分のことか、生きることか。全て当てはまるような気がする。
防波堤によじ登って、海の方に向かって座る。
いつもは波が足に触れることはないのに、今日は荒れるのかパシャパシャと足元が濡れる。そんなことどうでも良くて、死んだ目は目の前の黒で視界を埋めるのみ。
「めめ、だめ!」
腰を後ろからぎゅっと腕に包まれる。街灯が遠いのに分かるほど白い腕。めめ、だめと繰り返される声に聞き覚えがある。
なぁ、何でそっちに行ったんだよ。
俺を残して。
後ろを振り向けば、彼が帰ってきていた。
俺が供えた菊の横に、キュウリの馬が置かれていた。おかえり、であっているのだろうか。
めめ、そこから降りてと、真面目な顔をして言うものだから、大人しく従う。
濡れた足元。長めのズボンがへばりつく。
「お盆の時はね、水に近づいちゃダメなの。」
「何で、」
「向こうに連れていかれちゃうから。」
それでもいいよ。と、喉のあたりまで言葉は来た。
「水に入れば、綺麗に見つけてもらえないよ?夜の海、真っ暗だし。やめたほうがいい。」
経験者がそう語るのを、防波堤に寄りかかりながら聞いている。
「このためだけに、帰ってきてくれたんでしょ?」
彼は白い菊を手に取る。お盆のことを覚えているのは、彼の親ではなく、高校の時の保健の教師と俺とシェアハウスの人たちだけだった。
それが俺ららしくて、とても悲しかった。
「帰ろう?僕らの居場所は、ここじゃない。」
「帰るったって、どうやって。」
この海はシェアハウスからは、少し離れたところにある。
スマホを付ければ、四角い画面に深夜の中途半端な時間を表示して、消える。帰る手段は何も無いので我慢して、朝早くに帰ろうと思っていた。
でも、気持ちはすぐにでも帰りたかった。
俺と彼を認めてくれる世界に帰りたかった。
彼が俺の手をとる。ひんやりと冷たいが、握られた手はぎゅっと肉の弾力がある。「彼」という体はそこにある。
「目を瞑って。それから、3つ数える。行くよ?1、2、3、」
はい、開けての声で恐る恐る開けば、明かりのついたシェアハウスの玄関の前に立っていた。
彼も一緒に。
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作者名:ハルタ | 作成日時:2021年8月16日 12時