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駄目だ。一度気になるとそれしか考えられなくなる。
さっきのは何だ?話し方も歩き方も今とは全然違う。いきなり椅子を倒して教室を出ていった時には、既にあの子供みたいな性格になっていたってこと?あの子が「慣れてる」なんて言っていたけどいつものことなのか?まだ6月なのに、慣れてしまうほどあんなことが日常的に起こっているということ?
「…くん、北斗くん、一回お薬飲もうか」
ジェシー先生に肩を揺すられて、ハッと意識が戻る。
ジェシー先生は優しい表情で「持ってきた薬、飲もうか。水持ってくるからちょっと待っててね」と言い、俺をさっきまで彼が座っていたソファに座らせた。
やってしまった。目の前で。もしかしたら口に出てしまっていたかもしれないと思うと、どうしても彼の方を見ることが出来なかった。
俯いてジェシー先生を待つ。少しだけ目線を上げれば、ジェシー先生から離れた彼の足元が、ゆっくりとこちらへ寄ってきた。足取りは確かだった。
「北斗くんだっけ、転校生?」
「…そうです」
俺が俯いたまま返事をすると、それを気にすることもなく、彼はソファの近くにあった椅子に座り、そのまま話を続けた。
「先に言っておくけど、俺、二重人格らしいの」
「あ、…うん」
「正式名称は解離性同一性障害。他にも症状はあるんだけど、これだけは言っておかないと周りに迷惑掛けるからさ。まあ言ったところで迷惑掛けることには変わんないだろうけど」
「はあ…」
「北斗も気になってそうな顔してたし」
「え、それは、ごめんなさい…」
「なんで謝るの。気になるのはしょうがないでしょ」
随分とざっくばらんに話す人だなあ、と思った。細かいことをあまり気にしなさそうな。気付けば名前を呼び捨てにされていたし。
俺はこんな風には絶対なれないだろうな。俺は自分のことをこんなに大っぴらに話すことは出来ない。確かに話した方が周りに迷惑が掛かりにくいだろうけど、学校に言うので精一杯だった。
「北斗くん、水持ってきたから飲んでおこうか」
そのまま続けて「今日の分は飲んだ?」と聞かれた。あ、そういえば忘れていた気がする。今日は朝からやることが多かったし、他の事に気を取られていた。
「えっと、ええと…」
ケースには朝の分の薬が入っていた。
「忘れちゃってたか。大丈夫大丈夫」
緩く閉められたペットボトルを握らされ、そのまま一回分の薬を飲む。
その間、彼は何も言わなかった。
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作者名:とほほ〜 | 作成日時:2023年5月8日 1時