兎少年と一週間(弐)

十三兎 ページ44

神威さんとキスを交わしてから、数日。
恋仲でもない男女が特別な行為をしたというのに、別段変わった様子は見られず、そのプレイボーイさに複雑な気持ちにさせられる。
…あの日から意識してしまって毎晩キ、キ、…キスする夢を見ている私はどうしたら…。

あれがファーストキスだったんです、なんて言ったらどんな顔をするのだろう。 その歳でまだした事なかったの？…と、言われそうな気もする。


──…
「よいしょっと…、ゴミ捨ててきますね〜」

「おぉ、頼むわ」

台所のゴミをまとめてリビングへ声を掛ければ、声が返ってきた。この声は銀さんだ。廊下へ出たついでにリビングの様子を覗き見れば、神威さんと神楽ちゃんはソファーに腰掛け、居眠りをしていた。

どこへ行くにもついてくる神威さんだがゴミ捨てくらいなら声をかけずとも大丈夫なはず。階段を降りてすぐ横の路地に置いて来るだけだし、と、玄関の戸を開けると涼しい夜風が舞い込んできた。

夜更けだけあってスナックお登勢(下のお店)も閉め切られ、虫の音色がどこからか聴こえてくる。
その音色に混じって階段を降りれば、踏み込む度に木板の鈍い音が辺りに響き渡った。

(…よしっ、 これで明日のゴミ出しは早起きしなくても済むかな)

電灯の明かりさえ差し込まない薄暗い路地裏にゴミ袋を置き、万事屋さんへ引き返そうと踵を返す。


───しかし、私の足はそれ以上先へ進む事はなかった。


「こりゃ驚いた。"あの"団長を骨抜きにしてる女がどんなもんかと思えば、そこら辺に転がってそうな普通の嬢ちゃんとは…」

「！」

帰り道を辿ろうと振り向けば、月明かりを背中に誰かが私を見下ろしていた。
銀さんよりも背が高く、特徴的な声の男性。
こんなに近い距離にいれば気付きそうなものなのに、足音すら分からなかった。

…すごく、嫌な感じがする。
独特な雰囲気を持つその人を前に、足に力を込め、いつでも走り出せる体勢をとる。
丁度この位置から真上は、いつも私と神楽ちゃんが寝ている和室。大きな声を出せば誰かしら気付いてくれるはずだと相手にさとられないよう浅く息を吸う。

「おおっと、団長にバレたら大目玉喰らうんでね……
悪いが大人しくしてもらおうか」

相手が言葉を言い切るより早く、お腹に激痛が走った。
あまりの衝撃に一瞬息がつまり、視界が揺れ動く。
何が起きたか分からないまま、体は前へ倒れ込んだ。

「さァて…エサ一匹で奴(やっこ)さんは出てきてくれるかね」

意識を失った私を肩に担ぐと男の人はかぶき町の暗がりへ溶け込むように姿を消した。

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