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ほんのりと白薔薇の香り漂う石畳の上を、一人の女性が歩いていた。
辺りは真夜中ということもありすっかり暗くなっており、石畳に揺らめくランタンの明かりと靴音が反射する。道を囲い込むように育った背の高い薔薇は、オレンジ色にちらちらと照らされていて、まるで炎の中にいるような気分にさせられた。
「お姉さん」
ふいに声を掛けられ、女性は立ち止まった。
こんな夜中に道で声をかけられたら普通一目散に逃げだす筈だ。なのにそうしなかったのはその声が幼い少女の声だったからだ。
女性がためらいながらも振り向くと、そこにはかごいっぱいに花を持った少女がいた。
「お花はいりませんか?」
少女は消え入りそうな声で話すと傷だらけの手でかごから花を一輪取り出した。
女性は黙って少女を見る。こんな真夜中に年端も行かない少女が花を売っているなんて明らかにおかしい筈なのに、どういう訳か女性は花に手を伸ばしてしまった。
それは流産してしまった子供がもし生きていたら、もし健やかに育っていたら、そんな姿を少女と重ねてしまったからだろうか。
今頃あの子がもし生きていたならこのくらいに成長していたのだろうか——————
「駄目だよ。」
突然別の声に手を掴まれ、背に隠される。女性ははっと我に返った。
途端に可愛らしい少女の顔が恨みがましそうに歪む。
「間に合ってよかったわァ。もう安心して頂戴ね。」
金色の睫毛にビー玉のような紺桔梗が縁どられた瞳。女性は思わず呆気にとられていたが、サーベルの抜かれる音にはっと少女のほうに眼をむける。深緋色の髪をした青年が、少女の心臓にサーベルを突き刺すのが見えた。
「だめ!!」
制止する腕を振りほどき、少女に向かって一目散に駆け出す。
全てがスローモーションにみえた。引き抜かれたサーベルを追うように少女の胸からあふれ出すのは黒、黒、黒。手を伸ばす女性に気付くと少女はとても嬉しそうな、そしてどこかほの暗い笑みを浮かべた。
あと少しで手が届く。さらにめいっぱい手を伸ばそうとした時だった。突然視界がゆがみ、体が重力と共に傾いていく。
薄れていく視界の中で、見えたのは罪人を冷たく見下ろす王の瞳だった。
♰♰
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作者名:春夏秋冬 ハイラ | 作成日時:2019年5月19日 18時