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文字通りの気苦労で顔色の悪い少年の顔を怪訝に覗き込むと、何食わぬ顔で背後のシャールを一瞥した彼女は、その血色の良い自らの唇に、手入れされた爪が飾る人差し指を押し当てた。

「だってあなた、半年前に私達の前に訪れたとき名前を変えたって言ってたじゃない。そりぁ確かに、あなた呟きがちだったし、あなた自身が覚えてない事に無理もないけれど、本当に忘れてしまったの?」
「なっ!!」少年の頬に冷感が伝う感触がした。半年前に、天才と呼ぶに値するあの人さえ耳に入れなかった、そして言った自分さえ忘れる呟きを、この女は覚えていたというのだ。この金色の目の女が、堅物と呼ばれるに相応しい黒髪の人物の傍らに置かれていることに、微かな納得を得てしまったことが、少年にとって何よりも煩わしかった。現に、彼女の隣で、立ちながら少年に指し出されたクッキーを摘んでいたシャールのなる救済者が、描いたような黒い片眉を上げて
「そうだったか」と、長髪の女に確認を求めた。
その様子に呆れたように自らの額を撫でた女は、「そんなの酷いじゃない」と、些か無神経に言い放った。最も、濡鴉の女がこうも直接的な物言いをするのは、彼女に対面して話している人物が、端的さと明快さを人とを会話の主軸としているからであったが。実際、過去執拗に追いかけたあの人からあるのことを言われた覚えが、シモンにはあった。過度に難しい言葉を並べ立てる必要が何処にあるんだ、と。それならば、伝えたいことを最初から端的に述べるのが一番効率的さ、と。それは実にその人物らしい思考だった。
 撫で肩を落とした、緩い癖のある髪の女はネイビーブルーの薄いセーターに覆われた細腕を組んで、自分より頭部半ほど長身のテロリストを見上げた。
「貴方ってそういうところ、あんまりだわ、彼数少ない貴方の大ファンなのよ? もっと自分を大切にしてくれるヒトは重宝しなきゃ。今回は彼が覚えていなかったから良かったけれど、名乗ったこと覚えていたらきっと、もの凄く落ち込んでいたわ…」
説教の続きを彼女の半歩背後から聞いていたシモン少年は、否応なく苛立ちを覚える、でこの張った頭を有耶無耶に掻き乱した。先程乱暴にホテルの部屋のドアをこじ開けてこの部屋に入って来た女に、ありったけの警戒心があるにも関わらず、思わず椅子から立ち上がった少年の足取りは不安定であった。





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設定タグ:SF小説 , ADAPTERシリーズ , バトル   
作品ジャンル:SF, オリジナル作品
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作者名:ワッさん | 作者ホームページ:http://img.u.nosv.org/user/0301enmakun  
作成日時:2021年4月10日 17時

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