夢の果て 6 ページ45
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だからこそ、私は彼を救うのだ。
彼は、狭い世界で抜け殻のように生き続けていた私の『夢』そのもの。夢とはそれ即ち、生きる意味、生の道標。彼が生き続ける限り私は死なず、誰よりも人間らしい彼の人の死を拒絶し続け、彼の夢が途絶えぬ限り、私の夢も息も又、途絶える事は無し───。
「だから君は私に負ける」
「断罪の終わりか…」
絶え絶えした息で、大理石の床に横たわったジイドは、天を仰ぐ様に、先程まで目の前に立っていた人物を見詰めた。気紛れに宗教画から抜け出してきてしまったような芸術的美貌を携えたその人物は、ほんの数尺先に立って、死の直前に悦楽としてたっている銀の亡霊を見下ろした。
「君は、ずっと前の“私と彼”に似ていた様な気がする」
「…同情か……」
乾いた口が僅かな血を吹いた。「いいや、君は知っている」咎人を見下ろす彼女は答えた。「異能力『山椒魚』は感覚神経を遅延させた者に副作用としてその人物が最も忌む悪夢を見せる。人の行動というのは、その悪夢を実現させぬよう構築されている。詰まりは、私の見せる悪夢とは、その人間特有の行動原理を示すんだ。そして、副作用の一部は強力な幻覚作用の代償として、能力を行使する者に共有される」と。
半刻の沈黙を落とした後、慎重に息を吐いて、こう告げた。
「君の記憶を見た」
超然として言い放った言葉に、少しの間目を伏せていたジイドが訊いた。「俺達を憎む、貴君の眼には…どう、写った」
「君達が味わった苦しみをそう簡単に理解してやることは出来ない。ただ、強い人達だと思ったよ。もっと違った形で出会えなかったものかと、願わずには居られない…」
「…………そうか…或いは……」肺に血が入り、掠れた声で呟いた。高い天井に移していた視線を再び葬儀者に向けて、こう謳った。安眠を叶える天使の手が撫でたような声で。
「ありがとう……我々を激しく憎悪し乍らも、我々を救い、導いて呉れたヒトよ…。貴君と戦えて幸福だった───」
───それは、余りにも安らかな死に顔で。
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『幸福』
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作者名:ワッさん+a | 作成日時:2018年5月21日 23時