悲しい哀しさ 3 ページ30
ポートマフィア本部一階の空気が、一斉に淀めき立った。一帯全ての人間がAに視線を集めていた。
__Aが、太宰の胸倉を強く掴んだからだ。そして、それ以前に驚いたのが彼女の表情だった。
何時も目に見えている井伏Aという人物では無いと錯覚させるほど、彼女の表情は怒りと憎悪に満ちていた。物言わぬ口に、研ぎ澄まされ、殺気の篭った光のない瞳が、この場の空気を一変させた。其の恐ろしさに誰もが一瞬息をする事が出来なかった。
無理もない。
彼女の表情から笑みが消える…それは、この場の全員が初めて見た光景なのだから。
これには流石の太宰も酷く驚いた様だった。太宰は少しだけ眼を見開いて、それから、少しの間を置いてから、眼を伏せて、泣き出しそうな少年のように掠れた声で云った。
「すまない…」
その声を聞くとAは無言の儘、胸倉を掴む手をゆっくりと離し、重く暗い無表情の儘、声を張り上げた。
「今から早急に少数部隊を護衛と戦闘に分けて編成して。隊ごとに配置を指定する。首領からの許可は既に頂いてるから…。
___早く!!」
予想だにもしなかった怒号に構成員達の背筋が伸び、足音が忙しく騒ぎ出した。
憎悪を混じえた表情の儘彼女が動き出そうとした瞬間、いつの間にか彼女の腕を掴んで引き止めていた。自分の行動に驚いて、言動に迷ってから云った。
「何か、あったのか?」
「なんでもないよ」
彼女は問いに曖昧に即答した。
それでも私は其の手を話さずにじっとその背中を見詰めていた。そんな私を見兼ねてか、彼女は振り向いて目線が交差するようにしてから、にこりと笑う。
ほんとうに"何事も無かった様な"何時もの笑みで。
「なんでもない…」
優しさのある笑みに、思わず手が緩まった。
また颯爽と歩み出すA。
何も出来ず私の手は只宙を舞っていた。彼女の足は光を浴びる事を拒否する様に、暗い沼底に向かっている気がする。それは、彼女が私を遠ざけている様にも思えてしまった。私がもがけばもがくほど遠ざかって行ってしまうような気がした。
触れるものを無くした手を、暫く見つめて握り締める。
「行こう、織田作」
太宰が沈着した声で言った。
「…Aなら上手くやるよ。きっと」
慰めの言葉を放った太宰の表情は、酷く悲しい笑顔だった。
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作者名:ワッさん+a | 作成日時:2018年5月21日 23時