酷く優しい 1 ページ17
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彼女は、家のすぐ傍まで来て云った。
「あと、怪我しちゃった」
余りの驚嘆に、心臓を吐き出すかと思った。
其の勢いに乗せられて、私は血走った様に無言でAを見た。辺りは暗かったが、目を凝らせば左腕に弾丸が掠ったような傷がある。それもかなり深手だ。傷口からはてらてらと光る鮮血が滲み出ている。私は咄嗟に反対側の腕を掴んで引き、彼女の家だと云う事も忘れて、無遠慮乍ら、ずかずかと入っていった。
「包帯はあるか」
「え、うん、其処の二番目の引き出しだよ」
困惑した様子で指を指された方向には、食器棚の横の黒い棚。云われた通りに二番目の引き出しを開けると、包帯や留具、消毒液等の様々な手当ての道具が揃っていた。どれも新品ばかりである。怪我をした事がほとんど無いのだろう。でなければ、私の居る酒場には向わず、真っ先に家へ帰って手当に取り掛かる筈だ。
「傷口を水で洗え、準備はしておく」
彼女は一瞬だけキョトンとしてから、「判った」と応答すると、明かりを付けてからパタパタと音を立てて部屋を出た。私と云えば、慌てて手がおぼ付かず、包帯や消毒液の容器を落としそうに成るばかりである。何時もは簡単に持てるプラスチック製の容器も三回程落としそうに成った。余り酒を呑まないで善かった。あれ以上摂っていたら三回程では済まなかっただろう。
「洗って来たよ」
「傷口を見せろ」
即答した私は、慎重に気を遣い、彼女の白い二の腕の表面を覗き込んだ。矢張り深い。洗った傷口からは、又新たな薄まった赤が鮮やかな筋を作っている。ぞっとした。たった一度銃撃戦に見舞われるだけでここまで人の身体からは血が流れるのだ。それが戦場で、此処数年忘れていた恐ろしさだった。
「何故最初に云わなかった」
「驚いた…?」
「…あぁ」
背筋が凍り付くような恐怖だった。
「そっか、嬉しい」
処がAはそんな私の心情などそっちのけで心底嬉しそうにニッコリと微笑んで見せた。相も変わらず淡麗極まりない笑顔で、この状況に見惚れてしまう己が己であるが────
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作者名:ワッさん+a | 作成日時:2018年5月21日 23時