寂しい彼女 2 ページ13
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一言で云えば、彼女の家は一人で住むには余りにも広かった。広くて、白い気の床を、陶器の様に白い足が────跳ねる。「只今」と云う透き通る声。
其の声に、何かしかの甲高い声が呼応した。何処かで何時か聞いた、動物らしき声だ。其れもまだ幼い。「動物を飼っているのか」と、私は感じた疑問を其の儘Aに尋ねた。当の彼女と云えば、先程と何ら変わらない満面の笑みで、私に云った。彼女の頭が振り返る勢いで、白白とした透明感のある髪が、宙を泳いで私の前を横切った。
「そうだよ、最近ね。其れを如何しても貴方に伝えなくちゃいけないって思ってたんだよ。ほら、此方来て……」
彼女は続いて私の手を引いた。一歩と歩く度に此処が彼女の家の中で有る事を実感する。私は上下左右を見回した。飴色の床に白い壁、天井の照明が付くと、先刻まで暗かった廊下の奥が明るく照らされた。壁には絵も掛物冴もなくまっさらで、至ってシンプルな内装である。
廊下に並んだ三つの扉から一番手前のドアノブを捻って、押した。私の足は彼女の引く手につられてその中に入る。廊下と変わらない飴色の床と白い壁、花も絵も飾りもない部屋が私の視界に入り込んだ。棚、台所、長椅子、机、最低限の生活家具が其処に並んでいる。隅に置かれた本棚には有名な題の物からそうで無い代物まで敷き詰まっていた。
そして────
「ネコ、只今」
部屋に入った私と彼女の目の前には、彼女の呼んだとおり『猫』が蒼い瞳で見上げていた。濁った赤銅色の毛並み。何時か狭い路地で彼女が私に見せたあの子猫だった。然し乍ら、幾ら其れが猫という生き物であろうと、世界に幾らでも居る此の生き物を其の儘『猫』と呼ぶのは、些か不憫では無いだろうか。
「身寄りも無さそうだし、殺風景な家だから連れて来たんだよ。思ってたよりカーテンとか引っ掻かないから善い子なのかな…」と零しながらも、しゃがみ込んで猫の小さい頭部を撫でる。私も其の顎を撫でると喉を鳴らして、ごろごろと唸った。
「ネコと云うのは此奴の名前か?」
「うーん、まぁ、そうなるかな…」
そう云って、何処か申し訳なさそうに苦笑する。
「動物を飼ったことが無いし、抑々何かに名前を付けたことが無いんだ。うーん…そうだな、『イサク』とかは?」
「『イサク』? 何故そう成った」
「私の井伏の『イ』と、織田作の『サク』を取って、『イサク』だよ」
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作者名:ワッさん+a | 作成日時:2018年5月21日 23時