愛のサンプル (ページ6)

今日:5 hit、昨日:6 hit、合計:2,362 hit

5話ページ6

.

「あれ！猫がいない！！」

教室の席に着いた途端、私は筆箱の異常に気が付き驚愕の声を上げる。私は慌てて、くるり、と椅子を後ろに反転させ、色違いの同じストラップをつけている女子に話しかける。

ない、ないのだ。さっきまで確かにここについていた、猫のキーホルダーが。
うるさいな、と笑う、後ろの席の友達。よく一緒に話す、このクラスで一番仲の良い子だ。

いつも通りの友人に安心感を覚えながらも、私はひとり頭を抱える。

「ねえねえ、ねえ！猫なくしたかも！ここにつけてたのに、落としたかな……」

「知らんよ」

ちょっとドライだけど。
それよりも、今はいなくなってしまった猫のことだ。

高校に入学してすぐにできたこの友達と、遊びに行った時お揃いで買ったストラップ。私が青で、友達がピンク。筆箱のチャック部分に括っていたが、紐が緩んでいたのだろうか。彩りを失った筆箱は、いつもとは打って変わって暗い印象を与える。

私は、おろし立てのスカートの折り目を握りしめ、あたふたと近くを目で探す。けど、その辺りには私の目当てのものは見当たらない。

つい数ヶ月前に、この高校に入学した私。
県境の大きな高校に合格したはいいものの、毎日のレベルの高い授業について行くことで精一杯。今日の数学なんて一番最悪だ。

授業変更で1限から大嫌いな数学なんて、本当についてない。それに、あの猫だっていなくなるし。

いまいち聞き取りにくい声で話す数学教師の後頭部を睨んで思う。時間のない朝でも完璧に整えた前髪を気にかけながら、なぜか板書だけは早い初老の教師を恨み、お前なんかハゲてしまえ、と呪いをかける。

それにしてもショックだ。
もう一度、教室に帰る道を探してみるつもりだけど、それでもなかったら本当に悲しい。何よりも、高校に入学してから初めてできた友達とのお揃いものだ。無くしてそのままでいいわけない。

所詮、直径5、６センチのストラップ。この大きな校舎の中を探して回るには小さすぎる。

まあけど、誰かが拾ってくれてるかもしれないし！

朝、教室に入ったときには確かにあった。私が電車でやってきた長い道のりと比べれば、この校内を歩き回る方がずっとマシだろう。

とりあえず、今は授業に集中しなくちゃ。

私は0.3mm芯のシャーペンを握りなおし、相変わらず理解不能な黒板の文字列に目を通した。