愛のサンプル (ページ4)

今日:3 hit、昨日:6 hit、合計:2,360 hit

3話ページ4

.

「到着いたしました」

無口なドライバーの、滑らかで低音質な声が響く。うとうととソファにもたれている俺は、いつもこの声で覚醒する。

着いたのは、高校。
去年から俺が通っている、都立の名門。

車窓から外を見ると、おそらく同学年であろう生徒が友人と戯れながら登校する光景が飛び込んだ。
俺には、友達と呼べる人間は少ない。クラスメイトの明るい奴らと比べたら、相当に。

俺は家の都合上、車での登校が許可されているから、こうして一人で高校に通う。一緒に通うような相手もいなければ、通いたいと思う相手もいない。それは同時に、その相手にとってもそうだろう。俺とわざわざ学校に行きたがる人間なんていない。

暫く待っていると、ドライバーが車外に出て、後部座席のドアを開ける。俺はドライバーから鞄を受け取り、また「いってらっしゃいませ」を聞き流す。
目立ちたくないから、という理由で裏口の駐車場から校舎に入る。
昇降口に近づけば近づくほどに、喧騒は大きくなっていく。

朝を終えた、その次の音だ。

決められた自分の席に座り、担任が来るのを待つ。廊下側の端の席。教室にいるのはクラスの半数くらい。時刻は午前8時を少しすぎた頃だ。後１０分もすれば、室内はもっと大きな音の塊で埋め尽くされるのだろう。
だけど、俺がその音の一部になることはない。
ただ、溶け込むことしか俺に許されたことはない。

暫く寝ておこう。
話す相手もいなければ、話せる相手もごく少数なのだから。

「始めるぞー」

クラス中にテノールを響かせながら、担任が入ってくる。立ち歩いていた生徒も、鶴の一声を聞いたみたいに一斉に自分の、決められた席に戻っていく。その様をまじまじと見つめ、なんだか面白いなと感じる。
バラバラのジグソーパズルが定位置にはめられていくような、秩序のある並びに移り変わっていく様子は、よくわからない爽快感みたいなものがあった。

そのままの流れで、担任は出席をとっていく。生真面目にいちいち声で応えるようなやつはいない。ただ、担任の独り言が流れるように。時折、コソコソと話す女子たちがふきだしたりするくらいのものだ。

最後の一人の名前が呼ばれ、担任は名簿にサラサラと何かを書き込んだのち、「はーい、じゃあ解散」と締まりのない挨拶をして教室を出ていった。

そしてまた、部屋には喚く声が充満する。