初桜、折しも今日は良き日なり【ars】 (ページ37)

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ンンッ、と咳払いをしてから太夫の部屋を開く。

「たーゆうっ！久し振り」

緊張を隠すように軽い調子で言うと、太夫は真ん丸な目でオレを見た。

「ンフフ、何て顔してんのよ」
「...カズさん...」

フラリと立ち上がった太夫がオレに抱き着いた。

「なぁに、そんな寂しかった？」

ギュっとしがみ付く太夫の背中をポンポンと撫でてやる。

「...やっとお会いできた...」
「ん、だな。やっと会えたよ」
「あのまま、もうお姿を消されてしまうかと思っておりました」
「オレが太夫を置いて？...ありえないでしょ」

そっと身体を離し、その顔を覗くと太夫の目は潤んでいる。

「可愛い顔して」
「...カズさん...」
「どんだけオレを夢中にさせたら気が済むの？」

ワルイオンナ、そう呟き唇を重ねた。

限界だったのは、セーヨクなんかじゃない。

Ｊの言う通り、寂しさだ。恋しさだ。

太夫に会いたくて、その身体を抱き締めたくて、口付けたくて仕方が無かった。

相手は、遊女だと言うのに...

朝が来れば浮世の夢。

一夜の恋を、売るオンナ。

それでも、恋心を抱いてしまったオレを貴女は愚かだと笑うだろうか。

「太夫...」

滑らかな肌に手を回し、紅い布団の中で太夫を抱き締める。

シットリと汗が滲む額に掛かる髪を、そっと撫でてやる。

「はい...何ですか？」
「太夫はさ、ずっと...このまんまで良いの？」
「...え...？」

あの時『迎えに来てやっから』って言ったのは、適当な言葉なんかじゃない。

でも太夫はきっと、冗談だと思ってんだろ？

「オレはやだ」
「......」
「太夫が仕事であれ、他のオトコに抱かれんの...もーちょっと耐えらんないわ。オレ」

身体を起こして、太夫の身体も抱き起す。

「太夫、もうさ...オレだけのモンになってくんない？」
「カズさん...それは...」
「うん、身請けするわ」
「そんなっ...！カズさん、分かってますか...！？」

太夫が慌てた様子でオレの肩を揺さぶる。

「分かってるよ？金だろ？オレが何の為に今まで金貯めてたと思ってんの」

太夫を身請けするとなると、引くような大金が必要だ。

家一軒簡単に建つだろう。
ランカ屋の修繕だって、もうその金だけで余裕で賄えるはずだ。

そしたら、まぁ、ここの主人も文句ねぇだろ。

「オレ、甲斐性あんだよなー」

ニっと笑って見せると、太夫の潤んだ目から涙が零れた。