空想フランシール４th 【ars S.S】 (ページ19)

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124.桜の木。ページ19

1月2日の昼前。

俺が運転する車の助手席で、Aちゃんは小さく深呼吸をした。
その膝にはデパ地下で買った和菓子の紙袋。

「フフッ、大丈夫だよ？そんな緊張しなくても」
「でも...やっぱり初めてだし...」
「まぁね、でも大丈夫だよ。はい、到着！」

俺が言って車を停めると、Aちゃんは目の前の家をじっと見た。

うちからそんなに離れてない、俺が産まれる前から建ってる戸建ての家。

「ここで産まれ育ちました」

玄関の横に大きな桜の木がある。
別に金持ちだから、って訳じゃなくて苗字が『櫻井』だからってゆー若干冗談みたいな理由で父親が「ここに桜を！」と、熱望したらしい。

まぁ、冬の今はただの枯れ木だけど春になるとそれはそれは風流だ。

潤が俺の家に来た時に物凄く感動してたな。

「さ、行こうか」
「...はい！」

二人で車を降りて、桜の横にある玄関に立つ。

チラッとAちゃんを見て笑って頷くと、彼女もふわっと笑って頷いた。

家を出る時にも『何かあった時の為に持っとけ』と言われた実家のスペアキー。

何か、って何だよとは思ってたけど。

こういう時の事だったのかな。

カチャリ、と自分のマンションとは違う感覚で鍵が開く。
でも、その感覚は凄く懐かしくて

「ただいまー！」

って、自然と学生の頃と同じように声が出た。

パタパタと、部屋の奥から母親が出て来て「ちょっと翔！何で来る前に連絡しないのよ！」って俺の肩をパンッとはたいた。

「あ、ごめん。忘れてたわ。でも今日ってのは言ったでしょ？」
「もー！それでもよ！食事の準備とか、お母さんは色々あるのに！」
「良いじゃん、飯なんていくらでも待つ待つ」

俺と母さんのやりとりを俺の一歩後ろで見てたAちゃんの腕を軽く引っ張って隣に並べる。

「母さん。こちら、Aさん」
「初めまして、ごめんなさい！突然お伺いしてしまって！すみません！」

挨拶もそこそこにペコリーっと深く頭を下げて謝罪したAちゃんに俺も母さんもポカンとして、顔を見合わせてプッと吹き出した。

「Aさん、頭上げて！悪いのは連絡よこさなかった翔！Aさんは何も悪くないんだから」
「え...？」
「フフッ、二人ともそんなとこに突っ立ってないで、ほら上がって上がって！」

母さんがAちゃんの前に出したのは新品丸出しの花柄スリッパ。

靴を脱いだAちゃんが、そのスリッパに嬉しそうに足を入れたのを見ると

妙に俺まで嬉しくなった。