PRESTO！【ars M.A】 (ページ28)

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28.言えない言葉。ページ28

「このお店のチョコ、美味しいんだよねぇ」

自分に買っちゃおうかなー、って楽しそうに雑誌を見てるAちゃんを斜め上から見下ろす。

ちょっと顔を下げれば、ほっぺにチューでも出来ちゃいそうな距離。

バレンタイン...Aちゃんから、チョコ、貰えたりしないかな...。

「ねぇAちゃんはさ、バレンタインって誰かにあげるの...？」
「お店のスタッフの為に、大きな箱入りのをバックヤードに置いておこうかなぁって思ってるよ！」

お店のスタッフか。
うちのお店の女の子達も、そう言えばチョコくれるな。

「それと、まぁ慎吾くん位かなぁ」

雑誌を整理し終わったのか、両手をパンパンって払ってAちゃんは「一応オーナーだしねぇ、今後のお給料アップの為にも賄賂的な？」って笑う。

香取さんがこの店のオーナーだってのは知ってるよ？
Aちゃんの幼馴染みだってのも、知ってるよ。

だから、俺なんかよりずっとAちゃんの近くに居る人なんだってのは嫌って位に分かってるよ。

だけど...何だよ、チクショーって思っちゃうのは...男らしくないのかな。

「雅紀くんはいっぱい貰いそうだねぇ」
「えっ！？...俺は...」
「毎年、貰い過ぎて鼻血でも出しちゃってる？」

ニヤリと目を緩めたAちゃん。

「俺、チョコってあんま貰った事って無いや...」
「え？そうなの？」
「うん、高校生の頃は結構モテたんだけどね！」
「今でもモテそうなのに」

モテる、ってのと女の子に不自由しない、ってのは似てるようで全然違ってて

俺はずーっと女の子とアソんでたけど、本命チョコをくれるような子って過去にどれだけ居たんだろう...。

結局ヒトミちゃんに言われた通り、誰も俺に期待なんかしてなかったんだよね。

Aちゃんがスタッフに呼ばれて仕事に戻って、俺はそのまま店を出た。

『バレンタインチョコ、ちょうだいよ！』って軽く言う事すら、出来ないもんなんだなぁ...ってチャリを漕ぎながら思った。

そんな事すら言えないのに、『好き』だなんて言える気がしない。

それに、やっぱり香取さんの存在がAちゃんにとってどれだけ大きいのかも分からなくて不安になるんだ。

「難しいなぁ...」

冬の透明な夜空に向かって、白い息に混ぜて呟く。

本当に好きな子には、『好き』って簡単には言えないんだな...。