アイドラッグ【ars K.N】 (ページ5)

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のページ5

高校一年生の春。

入学式の後、私はソワソワしながら自分の名札が貼ってある机に座った。

すでに真ん前の席には男の子が座ってて、私はその後頭部をボンヤリと眺める。

ちょっと猫背で、切り立てっぽい黒い髪が掛かってる襟足は真っ白。

きっと親に「ちょっと大きめにしとこう」って言われたんだろう学ランは、少しだけ肩が落ちてる。

うーん！と両手を高く挙げて伸びをした後に、「んっ」と小さく掛け声を出して腰を捻って振り返った彼と、目が合った。

同時に、彼の腰がパキって鳴った。

「おはよ」
「え...？あ、おはようございます...」

軽い挨拶だけして、彼はまた前を向いた。

と、思ったらまた振り返る。

そして、私の机に貼ってある名札をジーっと見てチラっと視線を上げた。
上目遣い。

「野々宮さんって言うんだ」
「あ、うん。野々宮って言います」
「オレ、二宮」
「二宮...くん」
「うん。似てんね、苗字」
「うん。似てるね、宮仲間」

宮仲間！って、彼はフハハって笑った。

「細かく言えば、『のみや』仲間だよな」
「ののみや、にのみや...あ、本当だ」
「よろしく」

彼が、左手を出して

私が「ん？」って言うと

「普通、手を差し出されたら握手でしょ？これだから日本人はー」
「あ、握手...よろしくお願いします」

差し出された手を握ったら、その手は思ってたより柔らかくて男の子にしては小さくてあったかくて

でも、ギュッと私の手を握る力強さは男の子らしかった。

これが、私と彼との出会い。

彼は『二宮』だから『ニノ』って、友達から呼ばれてて

私は『野々宮』だから『のの』って、友達から呼ばれてて

「ややこしい」ってお互いに言い合って、「苗字、真似すんな！」って笑い合って

「自分と似てる苗字呼ぶのやっぱ何か気持ち悪いから、今日からオレはお前を『A』って呼ぶかんね」

私をずっと『野々宮』って呼んでた彼は、ある日突然、宣言した。

「実は私も『ニノ』って呼ぶの違和感あるんだけど...私『のの』だし」
「じゃあ、Aもオレの名前呼べば良いじゃん」
「えー...『和也』？」
「それで良いんじゃない？」

椅子を跨いで座って後ろを向き、私の机に両手で自分の頬を包むようにして肘をついてる和也と

そんな和也の脚を爪先で軽くポコポコ蹴って「やめろや」って言われてた私は

皆とは違う呼び方で、お互いを呼び始めた。

その些細な事に、私は地球がもう終わっても良いって思う程

喜んでたんだ。