アイドラッグ【ars K.N】 (ページ30)

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命ページ30

「ねぇ、A」

和也が酷く優しい顔で、首を傾げる。

「今日って何日？」
「え...？ちょっと待ってね...」

鼻をグズグズさせながら、スマホを出して

ホームボタンを押し、ロック画面を表示させる。

そこに浮き出る、今日の日付。

「6月17...あ...」
「ん？」
「和也...今日...」

和也の口元が、フニャっと緩んだ。

「誕生日には、お前をおくれ。ってゆーか、頂戴する」

遠い昔に聴いた、台詞。

「...バカナリ...」
「何とでも言え」
「それ、私に断る権利は...」
「ごめんね、無いよ」

あの日とは、違う答え。

ここが居酒屋だって事も忘れてしまう位、和也の甘ったるい視線に胸が苦しくなる。

あぁ、やっぱり

私はこの人が好きで、好きで、好きで仕方が無かったんだ。

ずっと。
この気持ちは、一瞬だって忘れる事が出来なかったんだ。

「遠回りしたね」
「......うん」
「オレに会いたかった？」
「......うん」

頷いた私の頭を、左腕でテーブル挟んで抱き寄せて

「クッソ...ここじゃ、これしか出来ねぇ」って悔しそうに呟く。

これだけでも、結構周りの好奇の目に晒されてるんだけど...

若人ならともかく、そこそこ大人な二人が居酒屋でこの密着はちょっとアレな感じだけど...

「よし、出よ！」
「...え？」
「オレんち、こっから近い」
「...えっ！？」

はい、決まり！って立ち上がると伝票と鞄を右手で持って

私の席まで回って来ると、左手で私の手を引っ張る。

和也がお会計をしたから「払うよ！」って言っても「そんなの良いから」ってズンズン歩く。

「だって、和也の誕生日なのに払わせるの悪いから！」
「誕生日のお祝いはこれから身体で頂きます、大丈夫です！お気遣い無く！」
「...はい！？」

こっから近い、って言ってた割に和也のマンションは電車で2駅離れてた。

電車はちょっと混んでて座れなくって、車両の端っこで和也は私を他の乗客から守るように両手を壁について囲ってくれた。

「何か...紳士ですね」
「もう32ですから」
「あ、そっか...」
「オレ32だってさ」
「うん」
「オレら、あの頃まだ18だったんだよ。14年も、経ってんだよ」

和也の声が、少しだけ震えて聞こえる。

「ねぇ。壁に入ったヒビにセメント埋めたら、ヒビ入る前より強くなるんだって。知ってた？だからオレらも14年分のヒビ、一緒に埋めよ？」

バカナリ...と、私は小さく呟いて

スーツに包まれた薄い胸を、トン、と拳で軽く叩いた。