極楽ハニー【ars K.N】 (ページ30)

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30.おとなしく。ページ30

「食ったら、仕事しよっか」

ニノミヤは、二個目のおにぎりのフィルムをペリペリ捲る。

「あ、オレ昆布開けちゃったけどセンパイ昆布の方が良い？残ってんのは梅だけど...」
「...梅で良い...ってゆーか、まださっきの鮭も食べてないし...」
「そ？」

私の隣でそんなにフカフカでは無いソファに沈むように深く腰掛けてるニノミヤが、おにぎりを頬張る。

その横顔を、出来るだけ見ないようにして私もおにぎりを一口食べた。

背後で、カタカタカタをキーボードを叩く音

渇いた咳と、ンンッて小さな咳払い

そこに鼻唄が加わって、更に静かでは無いお仕事中のニノミヤ。

色んなクリスマスソングを歌ってる。

でもやっぱり「好き」って言ってただけあって『赤鼻のトナカイ』の登場が一番多い。

『もろびとこぞりて』の時は「シュハキマセリ」ってやっぱり呪文みたいに歌うのが面白くってニノミヤにバレないように笑いつつも、歌いながら仕事に集中できるのかな...って思ってたら

「おーわり！」

彼は涼しい顔をして、半分手伝って貰った仕事をサッサと終わらせた。

そして、いつものようにコロコロと椅子で滑って来る。

「センパイ、終わった？」
「...まだ...」
「じゃ、オレこれもやっちゃうねー」

私の横に置いてあった書類を手に取ると、ニノミヤはまた自分のデスクに戻って鼻唄歌いながらキーボードを叩いて

私も、できるだけ背後の気配に気を取られないように集中して

何とか仕事を終えた時間は、まだ終電に間に合いそうだった。

「お疲れ様、センパイ」
「ありがとう、ホントに。一人でやってたらって思ったらゾっとするわ...」
「じゃ、帰りますか！」
「あ...私、終電間に合いそうだから...」

こんなに手伝わせて、差し入れまでして貰ったのに、その上家まで送らせるなんて出来ない。
明日も仕事なのに...

「いや、この時間って終電ギリギリでしょ？」
「んー...でも走れば大丈夫！」
「その靴で？」
「...脱いで走ろうかな」

昔はよくやってた。
飲み会の帰り、終電間に合わせる為にヒール脱いで走るって。

さすがにこの歳になっては、してないけど...

「あ、オレ煙草吸いたい！喫煙所、付き合ってよ。センパイ」
「えっ！？そんなコトしてたら終電間に合わないんだけど」
「じゃ、仕方無いね」

意味が分からなくて私が何も言わずにいたら

「おとなしく、オレと一緒に帰れば良いんだよ。でしょ？」

ニノミヤはポケットから煙草を出しながら、笑った。