極楽ハニー【ars K.N】 (ページ22)

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22.コーヒー。ページ22

『無かったコト』

その言葉の通り、になった。

あの図書室での一件の後から、すぐに。

季節は冬が深くなって来て、ニノミヤは紺色のコートに黒いマフラーをグルグル巻きにして出勤して来る日が増えた。

マフラーで口元まで隠して、ちょっと見えてる鼻が真っ赤になってる。

曇る...ってブツブツ言って眼鏡を外しながらオフィスに入って来る姿に、私はいつだって胸をギュって掴まれてるけど

ただ、それだけ。
一方的な、想い。

私の背後で椅子にダラーンとだらしなく腰掛けて大あくびしてるニノミヤは、今までと何も変わらなくて

やっぱり、生意気だし

やっぱり、仕事は出来るし

やっぱり、女の子にモテてる。

「あー...ねむ...」

ボソっと聴こえる普段よりちょっと低めの眠そうな声にだって、私はちょっとドキンとしちゃうのに

そんな私の気持ちなんか知らないニノミヤはコロコロと椅子で滑って来て、私の椅子にピトっと自分の椅子を寄せたりする。

「センパイ、コーヒー奢ってよ。眠たくって死にそ...」
「自分で買えば」
「えー...オレ、眠たくって動けないんだけど？」
「はぁ？動けば眠気も覚めるんじゃない？一石二鳥だと思うけど」

良くも悪くもフラットで、何も変わらないニノミヤを見てると『あ、もしかして本当に何も無かったんじゃないの？』なんて思ってしまう。

「もう...ケーチ」
「うるさいなぁ、自分の席戻れば？」
「ふわぁ...ねむ...」

何でそんなに眠いんだよ！どうせ女の子と遊んでたんでしょうが！
どうせ明け方まで乳繰り合ってたんでしょ！
ふわふわで可愛い女の子と、楽しんでたんでしょ！

...なーんてクサクサ考えながらニノミヤを見たら、俯いて目を閉じてしまってる。

寝息を立て始めてる、少し開いた唇が妙に色っぽくて

私、この唇とキス...したのかな...？って、思ったらまた後悔なのか何なのか分からない感情でモヤモヤして来て苛立つ。

「起きなさい！」
「いっ...！？」

パコンとニノミヤの頭を叩いたら、恨めしそうに私を見て「酷いよ、姉さん」って口を尖らす。

「アンタはカツオか。誰が姉さんなのよ」
「あ、分かってくれた？ンフフ」

お魚くわえたドラ猫～♪と軽く口ずさみながら、ニノミヤはコロコロと自分のデスクに戻ってった。

「はい、これ」
「え？」
「コーヒー」
「マジで！？センパイ、やっさしー！」

トイレに行ったついでに、ニノミヤにコーヒーを買って来てしまったのは...

惚れた弱味ってヤツ。