明日の天気の話をしよう 5th【ars】 (ページ23)

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163.手に入れた物。ページ23

翌日のバイト

それが櫻井さんと働く最後の日。

私はランディナで、櫻井さんもランディナで上がってその後に本社へ行くらしい。

大好きだった朝礼も、今日が最後。

今日も右手の綺麗な指でファイルを持って、左手の指は時々そのふっくらした唇をなぞるように滑る。
きっと無意識なその癖を見るだけで、何度もドキドキした。

よく通る、ちょっとだけ鼻に掛かったような声。
楽しくなると、どんどん声がおっきくなって眉毛はキュウって下がっちゃう。

誰よりも大人っぽくて、誰よりも少年みたいな櫻井さん。

その一つ一つを、覚えておきたいけど

......忘れたい。

仕事中も、いつも通り。

静香さんもランチ勤務だったけど、やっぱりこの二人は仕事中変わらない。

だけど、明日のシフトは静香さんは休み。
櫻井さんのお見送りに行くんだな、ってすぐに分かった。

ランチが終わると、静香さんは賄いを食べてから帰って

私と櫻井さんは、そのままディナーの準備。

そうしてる内に、ディナー勤務のスタッフが出勤して来て相葉くんもやって来た。

「おはよー、Aちゃん」
「おはよ、相葉くん」

レジにあるカレンダーを見てから、私を見て「頑張ろうね」って微笑む。

今日が私と櫻井さんが会える最後の日だって、相葉くんも分かってる。

うん、って頷いてちょっとだけ笑うと事務所から櫻井さんが出て来た。

「あ、雅紀。おはよ」
「おっはよ、翔ちゃん！ねぇねぇ、ここに来んのって今日が最後でしょー？俺と会えなくなるの寂しい？」
「別に」
「エリカ様かっ！って、古っ！俺、古っ！！」
「ハハッ！寂しいよ！一緒に来るか？大阪」

相葉くんの肩をガシって抱き締めて、朗らかに笑ってるこんな姿も

もっともっと見たかった...って思ったら、何だか泣きそうになって慌てて自分の手の甲を抓った。

・

ディナーの客入りが落ち着いて、私と櫻井さんの上がり時間になる。

「さーてと...A、上がろっか」
「あ、はい」

レジに居た櫻井さんが、お客様をお見送りした私に言う。

「あの...櫻井さん」
「んー？」

メモに何かを書きながら、口角だけを上げる返事が好き。
やっぱり、好き。

「この後、すぐに本社行くんですか？」
「え？何で？」
「あ...ちょっとだけお話出来たらなと思って！ほら、最後だし！」
「あー、そうだな！30分位なら大丈夫だよ？」

精一杯の小さな勇気は、私に大好きな人の30分をくれた。