＃３５ ページ35
x
「なぁなぁ、カウコン観た？」
「CRASHやろ？なんか男に囲まれてちやほやされてるだけのアイドルかと思ってたけど、
あれはかっこよかったわ」
「お！じゃあ今年は一緒にライブ行ってみる？絶対好きになんで」
街ですれ違った高校生カップルの会話に、思わず頬を緩めてしまって
慌てて目深に帽子を被りなおした。
桃井に聞かせてやりたかったな。
信号待ちの最中、どこからか桃井の声が聞こえて顔を上げる。
向かいの通りのビルに設置された液晶ビジョンに、
CRASHの新曲のPVが流れている。
なんだ。
なんて、少しガッカリした。
こうして改めて見てみると、あいつはこの街のあちこちにいて
4年の間に桃井の味方はたくさん増えた。
「あ、せや！桃井ちゃん元気？
さみしいなぁ。東京行っちゃったんやろ？
またいつでも帰っておいでって伝えといて！」
テレビ局で会う芸人さんとか、プロデューサーさん、ディレクターさん。
それからJrみんなでよく行ってたラーメン屋のおっちゃんまで。
「あの食べっぷりのいい姉ちゃん東京行っちゃったんか！」
帰って来たら替え玉１つ無料にしたるで伝えといて！と言われた。
…あいつ替え玉５回は余裕でするもんな。
でも皆決まって、桃井が"帰ってきたら"の話をするんだ。
あいつはもう、ここの人間にとって"お客さん"なんかじゃない。
それが、自分の事のように嬉しかった。
「A、元気かなー」
「お前、これからも名前で呼び続けるつもりなん？」
「そやで？もう”マブ”やから」
「…テレビ的に面白いのは”姉さん”やと思うで」
「あ、マジ？」
ほな、姉さんのままにしよかなーという丈と並んで
よく桃井と行ったラーメン屋を出た帰り道。
白い息が空に消えていくのを眺めながら、話したのは桃井のことだった。
『末澤くん』
後ろからそう呼ばれた気がして振り返る。
ラーメン屋の明かりが暖簾越しに柔らかく漏れるそこに、桃井の姿はない。
立ち止まった俺に気がついた丈が戻って来て肩に手を置いた。
「…寂しがってる暇ないで」
「…別に、」
「俺らが目指してる先に、姉さんもおんねんから。
はよ追いついたらなな。」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 767人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：x | 作成日時：2023年9月29日 8時
