26話＿＿‘笑み’ ページ32
ここ最近の一番の収穫があったところで、本日の部活は終わった。
Aは桃井に仕事を教えるために、選手よりも遅く残り、一つ一つ丁寧に教えている。
彼女の優しい穏やかな声は、後輩の彼らにとってはまるで救いの神の手のなのだろう。
桃井は嬉しそうな目でAを目で追い、うっとりとした尊敬のまなざしで彼女を見つめることもあった。
それは、桃井だけではない。選手もである。
灰崎はやはりAに固執していて、他の先輩とは慣れあう気はさらさらないといったように、何事もAに聞いては、べったりと引っ付いていた。
「白石サーン」という彼の声を今日だけでも何度聞いたことだろうか。
確かに未だにAに一年をまかせっきりな部分もある。
これではもしかしたら灰崎以外のメンバーもそうなってしまうのでは、という俺の不安が疼き、
今日は遅くまで残ってでも彼女と帰ることを選んだ。
「あれ、虹村君？」
更衣室から出てきたAが驚きの目でこちらを見つめている。
桃井を青峰と帰してからようやく外に出てきたAは、やはり今日も一人で帰るつもりだったのだろう。
俺が彼女の持っていた荷物を無言で分捕ると、「え」と声を上げた。
「虹村君、それって強盗って言うのよ。
言いたいことがあるなら口に出さなきゃ」
「……一緒に帰るぞ」
あまりそういうことは言わない俺が、彼女を睨みつけるようにみながら言うと、
Aはすみれ色の目を柔らかく細め、桜色の唇を静かに上げた。
「嫌よ。だって君、ロクな話しようとしていないでしょう？」
時折見る＿＿＿いや、俺と一緒の時はよく見せる暗く冷たい瞳で訴え、ひんやりとした声でそういうと、俺が荷物を持っているのにも関わらず、歩き始めた。
「おい、A。お前荷物はいいのかよ」
「ええ、別に。明日ちゃんと持ってきてね」
そう歌うような口ぶりで言うと、重力ってものが感じられないような軽い足取りで歩いていく。
本当に、お前は人形みたいだ。いや、幽霊みたいでもある。どちらにせよ、生きている人間らしくないのは確かだ。
「おい、待て」
そんな彼女の後を走って追い、ほっそりした腕をつかんだ。
体温の一切感じられないその腕も、手も、やはり生きている人間であるとは思えないほどに冷たかった。
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